第237話 料理アシスタント
「むぅ、雁木か……」
盤面を睨みつけていた逢妻は、驚いた表情を見せた。
(まさか、こんなことになるなんて……)
翔太は時価評価にすると100億円を優に超えるさくら放送の持ち株を巡り、逢妻と対局をしていた。
ときは少し遡る。
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「孝子さんとは長い付き合いでな」
クラシックカーを運転する川奈は思い出話を始めた。
この車は川奈の趣味の一つのようだ。
孝子は逢妻の妻であり、川奈とは古くから親交があるようだ。
「俺がまだ駆け出しの頃に、孝子さんにはよくしてもらったんだよ」
川奈が料理タレントとして活動しているのは、孝子が川奈の料理の腕を見込んだことがきっかけだったと川奈は振り返った。
これが夫の逢妻に伝わり、川奈は料理番組を持つことになった。
以来、川奈は恩返しとして、孝子に料理を教える間柄になったようだ。
「弘尚さんに会えるかどうかはわからんけどな」
「ええ、わかっています。けれど、全くの手詰まりだったので本当に助かりました」
川奈が孝子に聞いたところによると、今の逢妻は人間不信になっており、誰との面会も拒絶しているようだ。
ここにきて翔太は逢妻の情報が全く入ってこないことに合点がいった。
川奈が孝子に会うときに、翔太も一緒に紹介してもらえることになった。
運がよければ夫の逢妻に面会できる可能性に、翔太は賭けることにした。
「今日は俺のアシスタントってことでよろしくな。
まあ、お前の料理の腕を考えると全く違和感はないと思うぞ」
「ありがとうございます」
川奈は手の込んだ料理を教えることにするようだ。
ブフ・ブルギニョンを作ると言っていたが、翔太は作った経験がない。
この料理は工程が多く、翔太がアシスタントとして同行しても不自然ではないという判断のようだ。
「しかし、事務所の役員様をアシスタントに使うなんて、後で怒られるな」
「ちょっと、やめてくださいよ」
川奈は霧島プロダクションの中で、翔太が冗談を言い合える数少ない相手だった。
(いつまでこの役務が与えられるかわからないが、事務所のスタッフや所属タレントと関係を築いていかないとな……)
「まさか、柊に事務所の命運を託す日がくるとは思わなかったな」
不安を煽らないため、所属タレントには東郷の動向について伏せている。
(川奈さんはどこからこの情報を得たんだ……?)
情報が漏れたとすると、橘に報告する必要がある。
しかし、激務の彼女に余計な心配をさせるのは避けたかった。
「俺の推測だよ。霧島さんの代わりに橘が就くのは不思議じゃないが、柊が役員になるのは不自然だろ?
霧島さんが柊に何かを託したと考えるのが自然じゃないか?」
「川奈さん、探偵役もできそうですね」
翔太の心中を察したのか、川奈はあっけらかんと言い放った。
どうやら翔太が役員をすることに不満や不安はないようだ。
「お前は神代を守るんだろ?」
「ええ、必ず」
翔太にとって、ここだけは絶対に譲れないところだった。




