第226話 束の間の平穏
「このスープ、んっまいなぁ」
星野は清湯を味わいながら言った。
翔太は星野の部屋で料理を振る舞っていた。
雫石と仲良くしてもらうために星野が要求していた対価であった。 ※1
星野はこの対価を支払わなくともお願いを履行してくれると思われるが、翔太にとっては彼女を味方に付けておきたかった。
加えて、雫石の様子も見ておきたかった。
さすがに今回は橘の許可を得てここに来ている。
雫石のケアをするという名目で、業務の一環である。
翔太は翔動から派遣された人員ではなく、霧島プロダクションの役員となったため、就業時間や残業の概念はない。
「材料自体は大したもの使ってないよ。ひき肉、ネギ、生姜くらいだ」
「しょうたんのレパートリーは、かわなん並に広いのな」
『かわなん』とは川奈のことであろう。
今日のメニューの一部は、川奈から譲り受けた食材を使っている。
「こんなに美味しい麻婆豆腐は初めて食べたわ」
雫石は辛めに調理された麻婆豆腐を平然と食べている。
辛さに関しては雫石の意向に沿ったものだ。
(それにしても、この二人……)
星野はメイクをしていないのではないかと思うほど、自然で上品なメイクが施されており、普段よりも大人びた魅力が引き立っていた。
これは服装にも表れており、部屋着とは思えないほどおしゃれで、スタイリッシュなコーディネートが決まっていた。
雫石も同様に、星野に教わったのか、美しさをより際立たせるようなメイクとオフショルダーの露出の高い服装で、中学生になったばかりとは思えないほど色香を漂わせていた。
(コイツらが成人していたら色々とヤバかったな……成人していない今は、社会的にヤバイんだけど……)
翔太はおいそれとこの敷地に近づかないように気をつけることにした。
「これも特別な材料は使ってないよ。強いて言えば川奈さん自家製の豆板醤が入っている」
「豆豉も入っているんじゃないの?」
「料理しないくせに詳しいな……仕事は大丈夫なのか?」
雫石が霧島プロダクションに移籍して以降、テレビの仕事は入らなくなった。
これは東郷からの圧力であることは明白であった。
翔太は雫石が元気そうにしていることに安心した。
とはいえ、霧島プロダクションの役員となったからには、この問題を解決する必要がある。
「私、別に落ち込んでないよ? CMの仕事は止められていないし、それに舞台があるからね!」
雫石は神代との共演舞台に熱意を見せていた。
神代にとっても雫石の存在は刺激になっていると聞いている。
「それに、柊さんがなんとかしてくれるんでしょ?」
「まぁ、責任がある立場だからな……なんとかするよ」
雫石は自分がどんな状況であるかを理解しているようだった。
十代前半の少女にとって、性的な対象として見られているという事実は過酷な状況に思われるが、翔太は彼女のメンタルの強さに感嘆していた。
(演技じゃないといいんだけどな……)
「ほんで? 芸能事務所の仕事はどうなん?」
「詳しくは話せないけど、色々大変だよ」
「今となっては芸能事務所のお偉いさんだもんね……その偉い人を料理人としてこき使うのは気持ちがいいわ」
「相変わらず、いい性格しているな……星野さんの前では猫かぶらなくていいのか?」
「無意味ね」
「そだな」
雫石は星野が利発で、相手の性格を見抜くことに長けていることを、よく理解しているようだった。
雫石の人間観察によって磨かれた感性は、演技の経験から得たものだと本人は語っていたが、複雑な家庭環境も関係しているのかもしれないと翔太は考え始めた。
「しょうたん、ここに来ていることがくまりーにバレたらヤバイんじゃね?」
「誰のせいだと……」
翔太がここに居ることを知っているのは、目の前の二人と橘だけだ。
芸能事務所の役員が所属タレントの自宅を訪問していることが知られれば、大きな問題となるだろう。
「まぁ、バレて許されるのは神代さんまでだろうな……ということで、俺がここに来るのは今日が最後にしょう」
「えええええぇ」「やぶへびー」
※1 221話 https://book1.adouzi.eu.org/n8845ko/221/




