第205話 歴女
「あ、ごめん、考え事していた」
翔太はそう言いつつ、平静を装ったつもりであった。
しかし、神代にはそれが見抜かれているようで、彼女は心配そうに翔太を覗き込んでいた。
(この野蒜駅は無くなるんだよな……)
翔太はこの先に起こる震災に思いを馳せた。
石動景隆はこの時に友人を失うことになるが、この時代では存命なはずだ。
さすがに天災を止めることはできないが、人命を救うことはできるかもしれないと、翔太は考え始めた。
(仮に、震災前から対策を立てるとして、何人の命を救えるだろうか……個人で出来ることは限られるが、それまでに影響力を持てばあるいは――)
***
「うわー、伊達政宗はこんなすごい船を作っていたのね」
美園は復元されたガレオン船を興味深そうに眺めていた。
石巻のサン・ファン館には、復元されたサン・ファン・バウティスタ復元船が展示されている。
「ふっふーん、支倉常長はこの船でメキシコに行ったのよ」
神代はドヤ顔で説明した。
「この船で、太平洋を渡ったの!? ……って誰?」
「支倉常長は正宗の家臣で、正宗は外交使節として常長を派遣したんだよ」
「すごい、正宗は国際的な視野を持っていたのね」
「常長はさらにスペインのフェリペ三世に謁見し、さらにローマでは教皇のパウルス五世に謁見して、有色人種として唯一無二のローマ貴族になったのよ」
神代は水を得た魚のように語っており、美園は仙台城とは一変して、興味津々であった。
***
「江戸時代にこんな立派な船があるとは思わなかったわ」
美園はサン・ファン館の展示物を眺めながら、つぶやいた。
「大船建造禁止令の影響で、船舶の大きさはどんどん規制されていくんだよ」
「なんで?」
「西国大名の水軍力を制限したかったんだ」
「マストも一本に制限されたのよ」
「ひどっ!」
「ひょっとして神昌丸が漂流したのも……」
「それが原因かもね」
「ちょっと、二人の世界に入らないでよ!」
(なんか、注目されているな……)
フリーターのような見た目で歴史を滔々と語る神代に、来場者の視線が徐々に集まってきた。
「神昌丸は大黒屋光太夫を船頭とした回船なんだ。
江戸に向かう途中に、嵐に遭ってアリューシャン列島のある島に漂着したんだよ」
「光太夫は先住民と暮らしながら、難破した船の木材や流木を活用して船を作り、ロシアを巡って、エカテリーナ二世に謁見したのよ」
「こっちはこっちで壮絶な人生ね……その漂流した原因がマストの制限じゃないかってこと?」
「可能性としてはあると思う」
「あんたたち歴史学者になったら?」
翔太はいつの間にか増えたギャラリーにぎょっとしていた。
「話を戻すけど、支倉常長の目的は果たせたの?」
「それが、日本に帰ってきたら、禁教令もあって冷遇されたんだよ」
「キリシタン禁制とか言われるやつよ……岡本大八事件がきっかけで――」
「ちょ、ストップ、ストップ!」
美園も周りの視線に気づいたのか、慌てて神代を止めに入った。
***
「ふぃー、なんとか契約を履行できたか……」
神代と美園がトイレに行っている間、翔太は一息ついていた。
皇を一日自由にできる権利を二人は同時に行使してくれたため、翔太は二日分の仕事を一日で終えることができそうで安堵した。
(以前はこんな状況でナンパされたけど、事前に心の準備をしていればなんとかできるはず)
仙台では皇を知る人物はいないため、不測の事態はそうそう起こらない――と思っていた。
「あら? 皇さん?」
そう思っていた翔太の目の前に現れたのは、最も対応が難しい人物だった。




