第202話 被害者
「間違いなく、東郷利三郎ですね」
ホテルの一室で、橘は神妙な面持ちで言った。
翔太は柊翔太の自室で見つけた携帯電話のメールの内容を橘と共有した。
(俺の主観では信書開封罪や、プライバシーの侵害なんだけどな……)
柊翔太が所有している携帯電話の所有者は翔太であるため、法的な責任を問われることはないだろう。
「この105という人物が、東郷ということでしょうか?」
「はい、知る人ぞ知る東郷を示す符丁です」
メールの連絡先は『105』と記載された宛先のみが登録されていた。
携帯電話の暗証番号だった『1053』は、『東郷さん』または、『105』と利三郎の『3』と推測される。
「東郷は慎重な男です、簡単に身元や所業が割れるようなことはしていないと思われます」
「たしかに、メールの文面は一般的なものですね」
メールに記載されている内容は、待ち合わせの日時や場所を指定するなど、業務連絡のように見えた。
「連絡先が一つしか登録されていないのは――」
「はい、東郷がその対象に支給している携帯電話でしょう」
「そうなると、この携帯電話の所有者を確認しても――」
「東郷にたどり着くことは難しいでしょうね」
この時代は、携帯電話の本人確認が厳格ではなかった。
匿名の携帯電話を保有することは、東郷ほどの力を持つ者なら朝飯前だろう。
「柊さんの時代では、東郷の所業はどこまで判明しているのでしょうか?」
「東郷の被害者は児童から少年まで、性別はどちらもです」
「やはりそうですか」
橘は東郷の話になると、汚物を見るような嫌悪感を示していた。
普段、感情を表に出さない彼女にとっては、非常に珍しい。
「つまり、柊翔太は東郷の被害者だったということになりますね 」
「ええ、大変申し上げにくいですが、その可能性は非常に高いです」
柊翔太は何らかの形で、東郷が代表を務める芸能事務所『フォーチュンアーツ』に関わっていると想定できる。
東郷が柊翔太に目を付けたからフォーチュンアーツに関わったのか、フォーチュンアーツに関わったから東郷に目をつけられたのか、前後関係は不明だ。
「……」
橘は険しい顔で考え込んでいた。
彼女は東郷に対して何らかの因縁があるように思えた。
「あの時は、皇の姿でよかったです」
翔太はテレビ局のスタジオで、東郷と邂逅したことを思い出した。
「柊さんであることは、気づかれませんでしたか?」
橘は心から心配するような目で、翔太を見つめていた。
「はい、気づいた様子はありませんでした。あの時の狭山の様子からすると、彼も被害者かもしれません」
「そうですか……」
気がついたら、翔太が持っている携帯電話が震えていた。
翔太はそれをバイブレーション機能と思い、操作をしようとしたところで――
(これは俺が震えているのか……)
「あ、あの……俺の自意識では何とも思っていなくて――」
おそらく、柊翔太の体が東郷の存在を拒絶しているのだろう。
翔太は東郷を目の当たりにしたときも、同様な感覚を味わっていた。
「わかっていますよ」
(ほえぁっ!!!)
橘は震える翔太の体を抱きしめた。
すると、体の震えが収まり、冷たくなっていた翔太の体から体温が戻ってきた。
橘は「梨花も小さいころは、こうすると元気になったんですよ」と耳元で優しくささやいた。
「あ、あの……イマサラなんですが」
「なんでしょう?」
翔太は橘の温もりと、くらくらするほどのいい匂いに意識を持っていかれそうになっていた。
(あれ、昨日もこんなことがあったような……)
「男女が密室で二人でいるのは問題じゃないですかね……」
「ふふふ、これが梨花であればスキャンダルですが、私は単なるマネージャーで、柊さんは一般人ですよ?」
(あ、あれ……? 問題ない……のか?)
おそらく、橘は緊張をほぐすためにジョークを言っていると思われるが、翔太は混乱のあまり、客観的な判断ができなくなっていた。
「もし、俺が襲ったら……返り討ちですね」
橘の強さは十分に理解している。
柔道の経験があるとは言え、多少鍛え直した程度の柊翔太の体では手も足も出ないだろう。
「ふふふ、私が襲ったら、柊さんは反撃できませんね?」
いたずらっぽく言った橘の顔は、何よりも美しく、蠱惑的だった。




