74.酩酊ロボ
師匠の工房である、無人島に遊びに来ている私たち。
日中は浜辺でバーベキューした……その日の夜。
「うーむ……」
私は一人、夜の砂浜にいた。
海を見つめながら、どうしようかなぁって思っていたそのときだ。
「マスター」
ふぁさ、と私の方にカーディガンがかかる。
振り返るとそこには、私のロボ、シェルジュがいた。
「夜は冷えます」
……私が風邪引かないようにって、カーディガン持ってきてくれたのね。
なんだか、調子狂うなぁ……。
私に対して冷静ロボツッコミいれてくるこの子と、こうして体を気遣ってくれるこの子が、どうにも同じに見えないのである。
「気が利くじゃん」
「マスターのお世話係ですから」
「世話らしいことされたことないんですけど?」
「今、しました」
「あらそーですか。そりゃあどうもありがとう」
私が海岸線を歩いてると、少し下がった位置で、後ろからついてくる。
「ついてくんなよ」
「迷子になられたら、奴隷たちが困るでしょうから」
「あんたは?」
「当然、ワタシも」
「へえ……」
なんだか、殊勝な態度じゃないの?
どうしちゃったのかしら……。
「マスター」
ぎゅっ、とシェルジュが私を背後から抱きしめてきた。
あ? なんだ急に……。
「マスター……マスター……」
「ちょ……シェルジュ? ちょっと!」
そのままシェルジュが私を押し倒してきたのだ!
な、な、なんじゃわれえ!
顔を真っ赤にしたシェルジュが私を押し倒している。
すぐ目の前には、整った顔つきのメイドがいる。
前髪で片目が隠れているけど、その瞳がぬれているのがわかった。
「ワタシ……置いてかないで」
「は? 置いてくって……」
「……とぼけても無駄です。あのくそ親から、依頼をもらったのでしょう?」
……このメイド、気づいていたのか。
バレないように気を遣ったのだけども。
「……その優しさは、辛いです。もっと頼ってくださいよ。こないだみたいに」
「いやぁ、でもさぁ……」
「マスター……ワタシ、ワタシは……」
すぅ……とシェルジュが顔近づけている。
え、ちょ、ちょいちょい! 待って! え、つまり、え? そういうこと!?
いや初めての相手がロボとかいやなんですけど……いや別に好きな男とか皆無ですけども……!
「ま、待って!」
「…………」
「私もいちおう女だから、初めては……シェルジュ?」
赤かった顔が、みるみるうちに青ざめていく。
脂汗に、焦点の合わない目……って、まさか!
「う、……ぼ……もう、げんか……い」
「あんた酔ってるのね! 我慢しなさい!」
「もぉ……げんか……おぇえええええええええええええええええええええ!」
ふげぇああああああああああああああああああああああああ!
……ややあって。
「すみません、マスター」
私とシェルジュは、海を見つめながら座っている。
このばかロボは飲んだものをリバースしたのだ。
……あと一歩で、顔面にげろぶっかけられるとこだった。
顔を直前で背けたおかげで、ダイレクトゲロを受けずにすんだけど……。髪の毛に少し飛んだわよ。
まあ、いいけど。
「その人間ボディにアップデートされてから、初めてのお酒だったのね」
「はい……これが、悪い酔いって感じなのですね。でもマスターのお薬のおかげで、一発で直りました。すごすぎです」
飲み過ぎて気持ち悪そうにしていたから、酔い止めをテキトーに作って飲ませたところ、元通りのメイドになった次第。
「どーでもいいけど、なんで酒飲みすぎてたの?」
「……マスターが、お一人で決断してしまうから」
シェルジュが私の肩の上に頭をのっけてくる。
別に拒むほどじゃなかったのでそのままにしとく。
「別に良いでしょ。私の旅なんだから」
「お供は不要ですか?」
「うーん……でも今回のはやばめの依頼だし」
「なら、なおさら。頼ってくださいよ」
気を遣ったつもりだったけど、それがいやだったらしい。
ロボ心はわからんぜよ。
「頼ってください」
「わかった、わかったわよ。顔近づけないで」
またキスされちゃうんじゃないって思うとね。
照れてるわけじゃないけど。
「じゃ、明日奴隷ちゃんズが起きたら、出発よ。あんたも当然ついてくんのよ」
シェルジュが……微笑んだ。
感情エンジンは搭載してないけど、人間にアップデートされたことで、人並みの感情表現ができるようになったのだろう。
ダフネちゃんが言うとおり、ま、ちょっとかわいいかなって思った。
「ところでマスター。どちらに向かわれるのですか?」
私は夜の海を指さして言う。
「海の下」




