60.聖女追跡したい人たち
錬金術師セイ・ファートが、フォティヤトゥヤァのダンジョンに潜ってしばらくたった後。
セイたちを追いかけるSランク冒険者フィライトも、王都トゥヤァへと到着していた。
「ここが南の島国フォティヤトゥヤァ……ここに聖女さまがいますのね!」
さて、フィライト達はここまでどうやってきたのか。
港でまず聞き込みを行い、大海を凍らせた船があることを知った。
とある人物が、海を支配する巨大な化け物を倒し、乗員達を救ったという。
そんなことが【黒髪の聖女】以外に誰ができようか。
フィライト、そして聖騎士ウフコックは一発で気づいた。
聖女がこの港から船に乗ったのだと。
彼女たちは聖女の行方を聴き取り、王都へと向かったことを知る。
すぐに追いつきたいフィライトは、魔法飛行船を利用することにした。
魔法飛行船。それはここ数年で作られた、便利な移動手段だ。
魔法で風を起こし空を飛ぶことを可能とする。
天才魔道具師マリク・ウォールナットの開発した、空飛ぶ船である。
だが動力に膨大な魔力結晶(※魔力を内包した鉱石)を必要とするためか、運賃は通常よりも高くなっている。
船よりは速く到着するものの、しかし船より値が張るため、一般人はあまり魔法飛行船を使わないのだ。
ちなみにセイが使わなかったのは、単純に知らなかったからだ。
この魔法を動力とした乗り物は、近代になって帝国軍が作り出した新兵器たちである。
500年前の人間であるセイはこの便利な乗り物を知らないのであった。
「さぁ! 聖女さまをお捜ししますわよ!」
「……ああ。早く会いたい。おれの聖女……」
フィライトとウフコックは黒髪の聖女信者なので、ここにいるだろうセイに会いたくて仕方ないらしい。
一方で彼らの仲間、男冒険者のボルスはさほど聖女にのめり込んでいない。
そのため、彼女たちが後先考えず走り出そうとするのを冷静に止める。
「待てっての。ここからどうやって聖女さまを探すんだ?」
「……言われると、確かに手がかりはないな。トゥヤァに向かったのは聞いたけれども」
「だろ? まずは宿をとってそこを拠点とし、王都の連中に聞き込みするのが先決だ」
ボルスの提案にウフコックがうなずく。 だがフィライトは不満げだ。
「そんなことしているあいだに、また聖女さまがいなくなったらどうするのですの!? あのお方は忙しいのです! 世界中の不幸な人たちを、一秒でも早く! 一人でも多く! 救おうとしているから!」
確かにセイは急いでいる。
だがその理由は、単に自分が欲しい素材を一人占めしたいから……というがめつさ丸出しの理由であった。
信者2名の目には、セイが何をしても、好意的に写るのである。
「落ち着けフィライト。聖女さまがどこにいるかもわからないでどこへ行くつもりだよ? なあ?」
「わかりますわ!」
「ほー。言ってみ?」
ふふん、とフィライトが胸を張る。
「そんなこともわかりませんの……?」
「…………」
ボルスはグッ、と握った拳を振り下ろした。
まさか恋人にグーパンチ食らわせるわけにはいかなかったが……大分うっとうしかった。
一方でウフコックが得心顔でうなずいて言う。
「……そうか! 聖女さまはきっと、困っている人の元に居る!」
「正解ですわウフコック! 聖女さまのこれまでの行動を分析するに、あのお方は困っている人を助けるのを目的としている!」
否、していない。
「ならば必然的に、困っている人や現場があれば、そこに聖女さまは必ずいるはずですわ!」
「……天才! フィライト、天才!」
「ふふ、でしょう?」
ついて行けない……とボルスが頭痛をこらえるようなポーズを取る。
さて、困っている人や現場を探すことにしたフィライト達だが……。
存外、それは早く見つかった。
「お願いなのです! 中に入れてほしいのです……! お姉ちゃんが中に、いるのですー!」
王都中央に妙なほこらがあった。
地下へと続く入り口の付近に、奴隷の首輪をした三人の美少女達がいたのである。
「なんだぁありゃ?」
「……見たところダンジョンの入り口のようだな。それに、奴隷子供達」
奴隷達は切羽詰まっているのがわかった。
もうそれだけで、フィライトはすべてを理解した。
トラブル発生だ、聖女が近いぞ……と。
「お困りですのっ?」
フィライトが奴隷少女達に近づく。
ラビ族の少女、火竜人らしき長身の美女、エルフの美少女。
どれも比類なき美しい見た目の奴隷達だ。
ボルスは思う。
「(こんなべっぴんな奴隷……普通じゃ買えねえ。高すぎるはずだ。それも三人なんて……相当な金持ちの奴隷だぜこりゃ)」
しかし、待てよとボルスは思い直す。
「(確か聖女さまの連れてる奴隷も三人だって話しだが……)」
もう一人青い髪の女がいたが、しかし奴隷の首輪をしていない。
そうなると、条件がそろってくる。
「どうかしたのですの?」
「……あなたたちは?」
エルフの奴隷少女がこちらにいぶかしげな視線を向けてくる。
突然話しかけられたのだ、警戒されるもの当然だろう。
フィライトはにこりと微笑むと優雅に一礼する。
「はじめまして、わたくしSランク冒険者がひとり、フィライト・ストレンジアと申しますわ♡」
「……! Sランク冒険者! 国内でも数えるほどしか居ないというあの!」
エルフが目を輝かせる。
そして頭を下げてきた。
「……お願いします! ダンジョンの中に入って行った私たちのご主人様を、助けてください!」
エルフ少女からの頼みにたいして……。
「もちろんですわ!」
フィライトは躊躇なくうなずき、依頼を承る。
理由や道理など蹴っ飛ばして、フィライトはただ、困っている人の元へかけつけるのだ。
さて依頼を受けたフィライトであったが……。
「中に入られては困ります!」
浅黒い肌のエルフ……砂漠エルフの男が前に出てくる。
「どうしてですの? ダンジョンの中にこの子らのご主人様が入っていって、戻っていないのでしょう?」
「ああ。もうかなり時間が経つ……」
「ならなおのこと。奥地に行って戻ってこれていない可能性もありますわ。だから、そこをお退きなさい」
だが砂漠エルフは頑として道を譲ろうとしない。
「強行突破させてもらいますわ!」
「やってみるがいい!」
フィライトがレイピアをかまえ、砂漠エルフは曲刀を構える。
にらみあいからの……一閃。
がきぃん!
気づけば2人は交互に立ち位置を変えていた。
「は、はええ……あの男、結構やるぞ……」
「ふっ、当然だ。私は宮廷で剣術をならい、Sランクに匹敵するというお墨付きをもらったのだからな」
「宮廷……? まさかと思うがあんた王族……」
だとしたら大変だ。
フィライトは王族に手を上げたことになる。
極刑は避けられないだろう。
だがフィライトは気にした様子もなく、がんがんと攻める。
「やりますわね! 名前を聞いておきましょうか」
「ブロッケスだ。お嬢さんは?」
「わたくしはフィライト」
「ふ……」
「ふ……」
「「うぉおおおおおおおおおおお!」」
フィライトとブロッケスが激突する。
激しく打ち合い、どちらも一歩も譲らない。
つまり、ブロッケスは彼女と同等の力を持つということになる……
セイはブロッケスを、国内の問題を自分でどうにかせず、他人に頼るしかできない軟弱男だと、勘違いしていた。
しかし実態は、Sランクであるフィライトと同レベルの強さを持っていた青年だったのである。
もちろん、セイはそのことに気づいていなかったのだった。




