55.ダンジョンへの誘い
船旅中の私たち。
巨大イカだかタコだかを氷漬けにして倒した翌朝。
私の部屋に、砂漠エルフのイケメンが訪れた。
「ああ、あなた確か……ブロッケスさん」
「はい。実はあなた様に昨日のお礼に参りました」
「お礼? あー……イカだかタコだかのやつ?」
「はい。本当にありがとうございました。これは心ばかりの感謝の品なのですが」
ブロッケスさんは部下に持たしていた革袋を、私に手渡してきた。
ふむ、ルビーか。
なかなかの純度ね。
魔法ポーションの素材になるわ。
「もらっとくわ」
「ありがとうございます。……実はあなた様に折り入ってお願い事があるのですが」
「えー……。お願いって言われても……私、バカンスにきてるだけだから困るんだけど」
「話だけでも、どうか!」
あまりにブロッケスさんが何度も頭を下げるものだから、なんだか不憫に思えて、仕方なく私は話だけ聞いてあげることにした。
「実はわたしは、フォティヤトゥヤァの王子をしておりまして」
「あらま、王子」
フォティヤトゥヤァとは私たちがこれから行く国の名前だ。
王子って、偉い人じゃん。
「偉い王子が船に乗ってなにしてたの?」
「ダンジョンを攻略してくれる、猛者を探しておりました」
「ほ? ダンジョン?」
世界中に存在する、地下に広がるモンスターの巣窟のことだ。
「王子がなんでダンジョン攻略する人員を探してるの?」
「実はダンジョンが出現した場所が……我が国の王都、しかもど真ん中なんです」
「はー? 街中にダンジョンが出現? 珍しいわね」
通常、ダンジョンって言えば森とか洞窟とか、魔素がたまりやすい場所にうまれるものなのだけれどね。
ああいうのって自然発生するものだから、いつどこにできるかコントロールできないし。
にしたって街中にできるなんて……。
「迷惑千万ね」
「はい。我が国の中枢にダンジョンができてしまったせいで、国民たちはみなおびえております。しかもとてもやっかいなことに、ダンジョンの難易度は最高のS」
「へー……S級ダンジョンねえ」
そんなものが街中にどーんとできたら迷惑よ。
ダンジョンの浅い層にいる魔物が外に出ることがままあるしね。
「王都は今大パニックを起こしておりまして、国外で倒せそうな猛者を探したのですが、みなS級ダンジョンだと知ると尻込みしてしまいまして……途方に暮れていたところ、あなた様に出会ったのです」
なるほどね。私にダンジョンを攻略してくれってことか。
「お願いします!」
「だが、断る」
「……っ! り、理由を聞いても?」
「逆に聞くけど、私がダンジョンを攻略しなきゃいけない理由ってなにかしら?」
私は部外者だし、この王子の親でも姉弟でもない。
これから行く国には観光目的であって、モンスターを倒す武者修行のたびみたいなことしてるわけじゃない。
「マスターはしかし、見ず知らずの村人を助けまくっていませんでしたか、以上」
「そりゃね、力の無い村人さんたちは、かわいそうだし、ほっといて死なれたら嫌よ。でも……この人は王族で、お金も権力もある。つまり自分で問題解決する能力がある。それなのに、努力を放棄して、たまたまであった女に頼ろうとするなんて、ちょっと無責任すぎない? 自分の国の問題くらい自分で解決しなさいな」
ゼニスちゃんの国、エルフ国をたすけたのは、まあ成り行きってのもあるんだけど、私のかわいい奴隷ちゃんの祖国だったからという理由がある。
何の縁故もない国をどうして私が助けなきゃいけないの?
しかもこの人たちは金も権力もあるのよ?
「だいいち私は王宮が嫌いなの。パワハラでひどい目に遭ったからね!」
「逆恨みでは? 以上」
うっさいなロボメイドは。
「私、何か間違ってることいってる?」
ブロッケスさんが目を閉じて、ふるふると首を震う。
「いえ……あなた様のおっしゃるとおりです。自分で解決する努力を放棄しておりました。申し訳ありませんでした……」
「ん。わかればいいのよ。まあ同じ国にしばらく滞在するから、相談に乗ってあげることくらいはできるわ。あくまでも、相談だからね」
「それだけでも大変ありがたいです。賢者様のお知恵を拝借できるなんて」
「いや……賢者じゃないんですけど。てゆーか、本職の賢者に怒られる……」
「本職?」
「私の師匠、賢者ニコラス・フラメルのことね」
「ニコラス様のお弟子様でしたか!」
あれ、このイケメンも知ってる感じなん?
「実はニコラス様、先日我が国を訪れたのです。そしてS級ダンジョンに入っていかれました」
「え? あの人ここ来てたの?」
「はい。なんでも、【柔らかい石】がとれるからと」
「なぁ!? や、柔らかい石ですってぇええええええええ!」
そんな! まさか! いやでも、あの人が言うんだから間違いないか……。
ええ、でも……柔らかい石があるなんて……!
「……セイ様、なんでしょうか、柔らかい石とは?」
「錬金術に使う超レア素材のひとつよ! めったに手に入らないの!」
「……なるほど。セイ様のお師匠様は、そのレア素材を回収するため、ダンジョンにいかれたと」
「みたいね! あー……いいなぁ。柔らかい石……。欲しかったのよねぇ……」
あれがあれば作ってみたかった霊薬を作ることができる。
めったに手に入らない素材がそこにある……。
「あー。ブロッケスさん」
「なんでしょう?」
「ダンジョン、行ってあげてもいいわよ」
「! ほ、本当ですか!?」
さっきまでの暗い表情から一転して、ブロッケスさんは笑顔になる。
一方でロボメイドがしらーっとした表情で言う。
「自分の欲しい素材が手に入るから、ついでにダンジョン攻略ですか。以上」
「そーよ。悪い? 私はいつも言ってるけど聖女じゃなくて錬金術師なの」
困ってる人が居たらほっとけない救いのヒーロー様じゃないんだからね。
「ダンジョンって今は国が管理してるんでしょ?」
「はい。入り口に兵士を置いて、出入りを制限しております。低ランクの冒険者が勝手に入って死なれても困りますし」
「OKOK。じゃ、私あなたに協力するわ。だからダンジョンに入れて」
「はい! もちろん!」
よっしゃ、欲しい素材手に入るどー!
やったー!
「マスター。フラメル様もダンジョンの中にいるのなら、鉢合わせになるのでは? 以上」
「あー……かもね。ま、でもあの人も素材集めが目的だろうし、先に入ってるみたいだし、顔を合わせることはないんじゃない?」
「……会いたいとは思わないのですか?」
「別に~」
まあ嫌いではないけど、積極的に会いたいとも思わないのよね。
あの人に散々苦労かけさせられたから。
「さて、そーときまればさっそくフォティヤトゥヤァにれっつらごーよ!」
「……といいましても、あと船で2日かかりますが」
「そんなに待てないわ!」
私、すぐに柔らかい石がほしい。
し、ほっとけば師匠が全部採掘しましたー、なんてことになってるかもしれない。
それはいかんともしがたい!
「ということで、ショートカットします。シェルジュ、ナンバー4」
私はロボメイドに預けていた魔法ポーションをてにとって、甲板へと出る。
「……セイ様。いったいなにを?」
「ほんとは優雅な船旅をーって思ってたんだけど、師匠に柔らかい石をぶんどられてもいやだから、仕方なくこれを使います」
私は船の一番後ろまで来て、ポーションを海にぶん投げる。
すると……。
びょぉおおおおおおおおおおおおおお!
「「「ぎゃぁあああああああああああああああ!」」」
船がものすごい勢いで、空へ向かってぶっ飛んだのだ。
シェルジュには氷の弾丸で、甲板にいた人たちを固定させている。
「せ、セイ殿!? これは一体!」
「風凧ポーション。風を発生させ、上空をすごい早さで移動するポーションよ」
情緒がないのと、あと単純に揺れて気持ちが悪くなるから、使う気なかったんだけどね。
船はものの数十分で、目的地であるフォティヤトゥヤァの港へと到着。
「す……すごいですセイ殿。船で2日の距離を、たった数十分に短縮するなんて……」
酔い止め飲んでるブロッケスさんが感心したように言う。
私は船長のところへ行き、酔い止めをたくさん置いておく。
これでよった人いるかもだからね。
「さ! いざゆかん、ダンジョンへ!」




