52.やはり聖女様はすごい(定期)
セイの後を追うSランク冒険者、フィライト一行は、リィクラ岳へとやって来ていた。
「おかしいですわね……聖女様が全く見当たりませんわ」
川を渡るあたりまでは聖女を見かけた話を聞いた。
しかしリィクラの山岳地帯に入ってから、彼女の足跡が途絶えたのである。
まるで、どこぞへ消えてしまったかのようだ。
「聖女様の後を追うのも重要だがよぉ、ちゃんと仕事もしねえとな」
「わかってますわよ。リィクラ岳をねじろにしてる、盗賊団の壊滅ですわよね」
港町の冒険者ギルドから直々に、Sランク冒険者パーティである彼らに依頼があったのだ。
セイを探してリィクラ岳へいくついでに、路銀を稼ぐための仕事をこなそうという魂胆である。
しかし……。
「……妙だな。盗賊の根城だというのに、敵意を感じぬぞ」
「あ? ウフコック、どういうことだ?」
「……おれは人の視線を肌で感じることができるんだ」
「スキルってやつか?」
「……いや、生まれ持っての恩恵というやつだ」
ボルスたちは山岳地帯へと到着している。
だがたしかに、盗賊たちが襲ってくる気配がない。
聖騎士ウフコックの敵意を感じないという発言も気になる。
しばらく探索していたそのときだ。
「うう……だれかぁ……たすけてくれぇ……」
「……今、人の声がしたな」
「助けに行きますわ!」
誰よりも早くフィライトは、声のしたほうへとかけて行った。
その様を見て、ウフコックは目を細める。
「あ? どうした?」
「……いや。彼女はいつもああなのか?」
「そーだな。思い込んだら一直線っつーか、直情径行なんだよ」
「……そうか。わかった。ありがとう」
ウフコックとボルスも後を追う。
そこは山岳地帯にある、洞窟の一つだ。
そこには縄で縛り上げられた盗賊たちがいた、のだが……。
「これは、どういうことですの……? なぜみな、顔から血を……?」
そこにいた盗賊たちは一様に捕縛されたうえ、目をつぶされていたのだ。
フィライトがお頭らしき人物に尋問する。
「これは誰がやったのですの?」
「黒い髪の女だった。やつはおれら盗賊をとっつかまえて、縛り上げた」
「まあ! 聖女様が! しかし、その目も……?」
「……いや、これはあの女じゃねえ」
よかった、とフィライトは安心する。
自分が尊敬している聖女が人を傷つけるわけがない。
「では誰が?」
「金剛竜だ……前に罠を張ってつかまえ、外皮を全部はいで捨てたはずだった。だのに、生き返りやがった……そんで、おれらに報復にきたんだ!」
セイが盗賊たちを捕縛したのち、ここに金剛竜が意趣返しに来たのである。
竜の放った金剛石のブレスは、盗賊たちの視界だけを奪って去っていったという。
「仲間の一人に魔獣の言葉がわかるやつがいるんだが、そいつが言うには【命はとらん。我を助けたのは黒髪の人間だった。彼女に感謝するのだな】ってよ」
「きっと、黒髪の聖女さまに、ちがいありませんわーーーーーーーーーーーーー!」
フィライトはキラキラした目で宙を見やる。
彼女の脳裏には、まだ見ぬ黒髪の聖女が大活躍する場面が再生されていた。
「わるい盗賊たちをだれに頼まれたわけでもなく倒し! さらに竜の声なき助けを求める声を聴いて、なおしてしまわれるなんてー!!!!! はぁ、さすが聖女様ですわぁ~~~~~!」
「確かに竜殺しってよくきくが、竜を癒したやつってあんま聞かないよな」
「竜にすら慈悲をかける素晴らしいお方ということですわ!」
一方、ウフコックは盗賊たちを見下ろして言う。
「……貴様らを連行する。おとなしくついてこい」
「ああ……そうする。もう盗賊は足を洗うよ。因果応報、視力を失ったのは悪いことをした報いか……」
と、そのときだった。
「おいお頭さんよ。この箱に入ったポーションは、あんたらのかい?」
「ポーション? いや、そんなもんなかったが……?」
ボルスは部屋に隅にあった木の箱を検めると、中にはポーション瓶が入ってた。
「これは! まさか!」
フィライトが中のポーション瓶を手に取って、じっと見つめる。
我が意を得たりとばかりに、フィライトはポーションをお頭にぶかっけた。
「ぺぺっ、なにすんだ……って! 目が! 目が見える!!!!!」
金剛竜によってつぶされていた目が、完全に修復していた。
まるで、時を戻したかのような素晴らしい効能。
フィライト、そしてボルスにはこの現象に見覚えがあった。
人外魔境の地で、聖女が起こした奇跡に似ていたからだ。
「黒髪の聖女さまが、残してくれたのですわ!」
「!? あの嬢ちゃんが……どうして……?」
お頭は首をかしげる。
自分たちは彼女の命を狙ったことがある。
助けられるいわれはなかった。
だがフィライトは、すべてを理解したような得心顔となってうなずく。
「これが、黒髪の聖女様なのです! 悪人だろうと救いの手を差し伸べるおかたなのです!」
「そ、そんな……おれらは、嬢ちゃんを殺そうとしたのに、おれらを救うためにこの薬を……うぉおおおお!」
盗賊団のお頭、および、盗賊たちが涙を流す。
セイの慈悲深さに感謝している……のだが。
事実は、違う。別にセイは彼らに慈悲を加える気などなかった。
彼女が残したのは回復ポーション。
盗賊たちを縛り上げて放置したものの、街に送り届けることはしなかった。めんどうだったから。
いずれほっとけば人が来てこいつらを連行するだろうと。
だが人に見つかる前に、脱水で死なれても困る。
ということでポーションをいくつかおいていったのだ。
……決して悪人に慈悲を残したのではなく、単にほっといて死なれても寝覚めが悪いから。ただ、それだけだった。
「聖女様! おれぁ改心しました! 罪を償って、この受けた優しさと恩を、ほかに還元していきたいとおもいますぅ!」
だがお頭を含めた盗賊たちは、セイの慈悲に涙を流し、改心を果たした。
その姿を見て、うんうん、とフィライトとウフコックがうなずく。
「やはりセイ様は素晴らしいお方です!」
「……さすが黒髪の聖女。悪をただ打ち砕くのではなく、改心させ、やり直すチャンスを与えるなんて」
天導の聖騎士であるウフコックは、おのれの所属する女神よりも、よっぽどセイはすごいのではないか。
彼女はひそかに、そう思い始めていた。
だがボルスだけは、「うーん、こいつら飢え死にされても困るから、ポーション置いてっただけじゃねえかなぁ?」と真理をついていたのだが。
「「そんなわけないだろう!」」
と聖女信者2名によって、意見を封殺された。
ボルスは、面倒なのが二人になって、より面倒になったなぁと思うのだった。




