42.大聖女リィンフォース
セイが旅だってから、しばらくたったあとの出来事。
港に一隻の船が碇泊する。
ぞろぞろと降りてきたのは白装束の騎士、聖騎士たちだ。
天導教会に所属する彼らの表情は皆硬い。
列を作って、【彼女】が降りてくるのをタダじっと待つ。
「…………」
降りてきたのは、それはそれは美しい女性だった。
真っ白な法衣に身を包んだ、亜麻色の女性である。
愁いを帯びた表情。ほっそりとした体躯は、芸術品と見まがうほど美しい。
彼女の前に一人の聖騎士が跪く。
「お待ちしておりました、大聖女リィンフォース様」
リィンフォースと呼ばれた女が静かにうなずく。
「馬車を用意しておりますので、さ、こちらへ」
大聖女リィンフォースはうなずくと、聖騎士の後ろについて馬車に乗る。
その間誰も、そして彼女自身もしゃべらなかった。
リィンフォースは聖騎士とともに、エルフ国アネモスギーヴの王都ギーヴへと向かう。
「……状況、は?」
大聖女リィンフォース。天導教会に所属し、【四聖】と呼ばれる四人の高い実力を持つ聖女のひとりだ。
四聖のひとり、【前方のリィンフォース】。
彼女は上司である、【聖女王】の命令でここアネモスギーヴへとやってきたのだった。
「我らは待機を命じられていたので、直近の状況はわかりませんが、旅人からの話によると、王国全土を覆い尽くすほどの瘴気で、国が汚染されているとか」
「……そう?」
こてん、とリィンフォースが首を傾ける。
まるで不思議なものを見たかのようであった。
「どうかなさったのですか?」
「……ない」
「ない、とは?」
「……瘴気」
聖騎士が首をかしげる。
だが王都ギーヴへ近づくにつれて、大聖女の言っていることを理解した。
「そんな……瘴気が、どこにもないだと……!」
王都ギーヴへと到着したリィンフォースたち。
そこで見たのは、美しいギーヴの都であった。
「旅人の話では、土も空気も汚れていて、とても人の住める環境ではないといっていたのに……なぜ……?」
「……ふふっ」
「え!?」
聖騎士は、驚愕する。
リィンフォースが、なんと笑っていたのだ。
彼は、この女性が笑っているところを一度も見たことがない。
いつだって氷像のような、固く冷たい表情をしていた。
それが、どうしたことか。
今彼女は、見たことがないくらい、うれしそうに笑っているのである。
「……見つけた」
「リィンフォース様。見つけた……とは?」
「……まま」
「ま、まま?」
大聖女リィンフォースは笑う。
まるで何か、【大切なものを】見つけたかのように。
「……命令」
「はっ! なんでございましょう!」
「……探して」
「は? だ、誰をですか?」
「……この国を治した人間を」
それだけ言うとリィンフォースは馬車へと戻っていくのだった。
★
「おい、エスガルド。大聖女はなんて?」
今まで大聖女リィンフォースの護衛を務めていた聖騎士、エスガルドは、同僚から尋ねられる。
今彼……エスガルドはギーヴの街を歩きながら、大聖女の求める人物を探していた。
「この国を治した人を見つけてくれとのことだった」
「はぁ? リィンフォース様は何言ってるんだ?」
「わからん……あのお方はわからないことだらけだ」
大聖女リィンフォース。彼女を含めた、四聖の面々は謎の部分が多いのだ。
「あれだっけ、人間じゃないとかいう」
「ああ。我らが主である神がその手で作られた、人工生命体らしいな」
「それって、人外ってことか? われらが最も敵視している」
天導の経典には、神、そして神の被造物である人間を守り、それ以外の人外はすべて敵である、悪であると記されてる。
エスガルドが首をふる。
「いや、大聖女さまは特別だ。なにせ神が御自らの手で作った生命体なのだ。我ら人間と同じ、否、われらより上位の存在といえよう。リィンフォース様は立派なかただ」
エスガルドの瞳には神、そして大聖女リィンフォースへの深い信仰心が見て取れた。
同僚は茶化す。
「とかいって、リィンフォース様の事好きだったりして?」
「ば、馬鹿言うな。大聖女さまと、私のような騎士とでは釣り合うわけがなかろう!」
「動揺してるねえ。やっぱ好きなんだろ?」
「ま、まあその……人として尊敬はしているさ。四聖のみなさまそれぞれを。特に、リィンフォース様を」
ふぅん、と同僚が言う。
「大聖女さまたちのえっと、呼び方なんていうんだっけ? ほむん……」
「ホムンクルスだろ。いにしえの言葉で、【光の女神セイファートが作りし命】の意味だ」
……光の女神セイファート。
そう、彼らが信じる神の名前と、セイは【偶然】にも一致している。
そして、四聖は神セイファートの作った人工生命体。
さらにリィンフォースはセイの魔力を感知し、彼女を母と呼んだ。
これはどういうことか?
……つまりは、まあ、そういうことなのだ。




