41.再会と逃亡
私、セイ・ファートはいつの間にかエルフ国アネモスギーヴの新女王となったのだった。
その日の夜。
私は奴隷ちゃんズとロボメイドを連れて、とある場所へとやってきていた。
そこは王都の貧民街。
ロビンさんから聞いた話だと、たしかこの家だったと思う。
コンコン……。
「こんばんはー。アイシャーさんのお宅ですか?」
ガチャッ……。
「……どちらさまですか? ごほっ! ごほっ!」
出てきたのは痩せてる、おばさんエルフだった。
顔色が悪く、一発で体調が悪いことがうかがえる。
だが重要なのはそこじゃないんだ。
アイシャーさんに、ゼニスちゃんの面影を感じられた。そう、彼女は……。
「アイシャーお母様……!」
奴隷ちゃんズのひとり、ゼニスちゃんがこのおばさんエルフに抱きつく。
そう……この人が、ゼニスちゃんのお母さん、前アネモスギーヴ王妃様ね。
ロビンさんから居場所を聞いたの。
彼、どうやら国の重鎮のひとりだったらしいのよね。
王族の居場所について聞いたら、この貧民街に前王妃が居るって聞いてこうしてやってきたわけ。
「……ゼニス? ゼニスなの!」
「……はいっ! お母様!」
「ああ……! ゼニス……! よか……ごほごほっ!」
急に咳き込むアイシャーさん。
ロボメイドが生体をスキャン。
「マスター。肺病を患っているようです。以上」
「ならこのポーションをどーぞ。ぐいっと飲めば一発でたちまち元気溌剌になれますよ?」
「言い方が完全にやばい薬です、以上」「相変わらず辛辣ねあんた……」
手渡したポーションを、アイシャーさんはいぶかしげに見ている。
「……お母様。飲んでください。このかたは信頼できる人です」
まー、うれしいこと言ってくれるじゃあないの。
アイシャーさんは少しの逡巡を見せたあと、ぐいっとポーションを飲む。
するとたちどころに肺病が治り、顔色が元に戻る。
「す、すごいわ……ほんとだ。胸が苦しくない……」
「……でしょうっ? セイ様はすごい錬金術師様なんだから!」
ゼニスちゃんが私を錬金術師って呼んでくれたこともうれしかったけど。
それ以上に、彼女は見せる、子供みたいな笑顔がたまらなくうれしかった。
いつもどこか、ゼニスちゃんの表情には影が差していた。
ダフネちゃんたちと水浴びしたり、遊んでるときも、いつもどこか不安な表情をしていた。
奴隷となって、家族がバラバラになっている状況だから、しょうがなかったのだろう。
ずっとずっと、不安だったのだ。家族が死んで、もうこの世にはいないんじゃないかって。
でも……彼女はようやく安らぎを手にしたのだ。
「セイ様……」
ゼニスちゃんが私を見て、笑顔を浮かべる。
それは……私が見た中で、一番きれいな、ほんとうにきれいな笑みだった。
「ありがとう、セイ様! 大好きです!」
うんうん、良かったね!
★
「はいじゃー、みんな。トンズラしますよ!」
ゼニスちゃんママことアイシャーさんのおうちに到着してから、1時間後。
ひとしきり、親子の近況報告が終わった後、私はそう宣言した。
「と、とんずら……?」
ゼニスちゃんが目をまるくしている。
「とんずらってなんなのですー?」
「ううむわからん。きっと豚の亜種かと!」
「逃亡という意味です。以上」
え? と残り奴隷ちゃんズたちも驚いているようだ。
「……ど、どうしてですか、セイ様?」
「だってもう、ここでやるべきことは終わったし!」
「……で、でも新しい女王になられたのでは?」
「やだ! やりたくない!」
「マスター、完全に言動が子供です。以上」
うっさいうっさい。
瘴気の浄化は、ここへ来る前に慈雨のポーションをロビンさんにゆずっておいたので、何とかなるだろう。
私がそもそもここにきたのは、ゼニスちゃんを故郷へ連れて行き、そして家族と会わせるため。
その目的が達成された以上、もうここへ残る理由はない。
「とゆーことで、トンズラするわよみんな!」
「おねえちゃんがそーゆーなら!」
「主殿についてまいります」
「もとよりワタシはマスターから離れられないので。以上」
私はアイシャーさんと、そして……ゼニスちゃんに挨拶をする。
「それじゃ、二人ともお元気で」
他の王族達の居場所には見当がついてるそうだ。
森の王が王位から退き、新しい女王が逃亡したとなれば、また前の王様が玉座に座るだろう。
そう……ゼニスちゃんも、奴隷じゃなくて王女として、この国でまた前みたいに暮らせるようになるのだ。
「…………」
ゼニスちゃんがうつむいてる。
その背中に、アイシャーさんがぽん……と手を載せる。
「ゼニス。いってきなさい」
「え……? なんで……?」
「わかるわよ。母親ですもの」
「お母様……」
アイシャーさんが近づいてきて、頭を下げてくる。
「森の王から国民をおすくいなさってくださったこと、心から感謝申し上げます。……そんな恩人に対して、大変、図々しいとは承知の上で、お願いがあります。どうか、我が子を貴女様の旅に、同伴させてください」
「え……それは……別にいいけど……」
私はゼニスちゃんを見やる。
せっかく家族と再会できて、これからまた前のように暮らせるのに……?
わざわざ、私に付いてくる必要なんてないのに。
「いいの?」
「……はいっ!」
ゼニスちゃんは目に涙をためながら、私の腰にしがみつく。
「……私、セイ様が好きですっ。みんなのことも好きっ。みんなと一緒に旅がしたいです!」
ここに残った方がいいにきまってる。
頭のいいゼニスちゃんなら、ちゃんとわかってるだろう。
その上で、彼女は選んだのだ。
その意思を、汲んでやれないほど、私はおろかじゃないと思いたい。
……てゆーか、私はゼニスちゃんとまだ旅がしたい! だって私も好きだもの。
「よしわかった! ついてきなさい、一緒にいきましょ、世界の果てまで!」
ゼニスちゃんは笑顔でうなずく。
ダフネちゃんとトーカちゃんが、ぎゅーっと私たちを抱きしめた。
「ってなわけで、聖王はこれでドロンします。あばよーって国民のひとたちに伝えておいてください!」
「マスター、完全に言動が逃亡犯です。以上」
ふふっ、とアイシャーさんが笑う。
「わかりました。あとのことはお任せください。不肖の娘を、どうかよろしくお願いします」
「もっちろん。さっ、いくわよみんな!」
私たちは地竜のちーちゃんに乗り込んで、夜の街をあとにする。
アイシャーさんは私たちが見えなくなるまで、手を振っていたのだった。
ま、これにて長かったエルフ国アネモスギーヴでの旅行も終了。
次なる街へと私は旅だったのだった。




