38.森の王、驚愕する
セイが脱獄計画を着々と進めている一方……。
エルフ国の王城、その玉座に座る一人の男がいた。
筋骨隆々、上半身裸。
左右にはエルフ女を侍らせ、頭には王冠をかぶっている。
彼の名を【サザーランド】といった。
「森の王! ご報告があります!」
「あーん……?」
エルフの兵士がひとり、サザーランドの前に現れる。
だが彼は不機嫌そうに顔をゆがめると、指をくいっと曲げる。
「がっ……!」
突如として兵士が苦しみだした。
何をされてるのかわからない。ただ、誰かに後ろから首を絞められている。そんな……感じがした。
「おれさまが子猫ちゃんたちと楽しくやってるのによぉ、なーに邪魔してくれちゃってんだぁ? ごら? ああ?」
「も……じわげ……ござい……ません……森の、王……がはっ!」
首締めが解かれて、兵士がその場で咳き込む。
後ろを振り返るが誰もおらず、兵士は誰に何をされたのか結局わからずじまいだった。
ふん……とサザーランドは鼻を鳴らすと、地べたを這いつくばる兵士を見下ろしながら言う。
「で? なんだ」
「げほ……捉えた女が脱獄したと、アブクゼニー様よりご報告がありました」
「なに? おいアブクゼニーを連れてこい!」
セイによって牢屋に捕らわれていたアブクゼニーが、部屋の中へと入ってくる。
「おい何があったのだ!」
「も、申し訳ないです……我がギルドを乗っ取ろうとしていた不埒物をとらえて、王の前に連れてこようとしたのですが、逃げられてしまいました」
「ちっ……! どこの誰だ、俺様の成功への道を邪魔するバカ女は」
「不可思議な術を使う女でした。部下達の心を惑わし、掌握したのも、きっとその術を使ったからです」
断じて否である。
彼らは別に魔法によって操られてなどいない。
セイの人柄、そして技術者としてのその卓越した錬金術の腕前に、ほれこんだだけである。
権力を振りかざし、自分の言いなりにしていたアブクゼニーとは大違いだった。
さて、サザーランドがなぜアブクゼニーに命令し、捕らえたのか?
彼は国を乗っ取り、この豊富な資源を使って魔道具師ギルドを作り、大成したのだ。邪魔をされては困る。
ゆえに、ギルドの工房を乗っ取ったというその女をひっとらえ、処分しようとしたのである。
「兵士を出せ。外に逃げた女を捕まえろ」
「それがその……」
「なんだ?」
「あの女は、脱獄したのですが城の外に逃げていないのです」
「は……? そりゃどういうことだ」
「何を思ってか城の中をあちこちこそこそと嗅ぎ回っておられるのです」
「ちっ……訳がわからん。ただ城の中に居るなら好都合、女を捕らえここに連れてこい」
と、そのときである。
「で、伝令! 伝令!!!」
伝令のエルフ兵士がかけあしで、部屋の中に入ってきたのだ。
「し、城の中で囚人達があばれまわっております!」
「! 囚人が暴れ回ってるというのはどういうことだ!」
「わかりません。ただ、あの女の手引きであることは間違いないかと」
兵士は次に、囚人たちと女が別行動していることを報告する。
「なぜとらえん! やつは女だろ! 兵士どもは何をしている!」
「そ、それがその……とにかく妙なのです。誰も彼女に近づくことができず……」
兵士の報告は要領を得ない。
アブクゼニーは、何かまた妙な術を使っているのだろうと思った。
「女は一直線にこちらに向かっております。おそらくは王に会いに来たのかと……」
「ふん……向かってくるなら好都合。ここで俺様が迎え撃つとしよう」
だがアブクゼニーは不安だった。
神威鉄の鉄格子をぐにゃりと変形させた技といい、兵士を近づけないという妙な技といい、セイの使う魔法に未知なる恐怖を抱いていた。
サザーランドがあの女に勝てるのだろうか、という不安をいだいていた。
「がっ……!」
「顔に出てるぞアブクゼニー」
まただ。さっきの兵士に使ったのと同じ技を、アブクゼニーに使っている。
彼は苦しそうにもだえ苦しむ。
「俺様を誰と心得る? かの【いにしえの大賢者】に師事し、免許皆伝をもらった男だぞ」
「ず、ずびば……せん……うたがって……ごめん……なさい……がはっ!」
術が解かれて、アブクゼニーが自由に呼吸できるようになる。
何をされたのかさっぱりわからないが、しかしすごい力だとアブクゼニーは思った。
これなら勝てる……それに……。
「いにしえの大賢者さまというのは、各地を放浪し、その強大な力を振るうという、あのお方ですか?」
「その通り。くく……下手人は知らぬだろう。俺様がいにしえの大賢者の弟子であることをなぁ。それを知ったときの顔を想像するのが、楽しみでならないなぁ……くはっはっは!」
と、そのときである。
どがんっ、と玉座の間の扉がふっとんだのだ。
「ごきげんよう、森の王さま」
「来やがったな、女ぁ……!」
アブクゼニーがにやりと好戦的に笑う。 飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。
今まさに、あの女こと……セイは、強力無比なる力を持った森の王の前に、のこのこと現れたのである。
「あらら、アブクゼニーじゃない。あんた脱獄してきたの?」
「脱獄したのは貴様だろうが!」
「はいはい。それで? そちらのかたが森の王?」
「おうとも! 王はなぁ、すごいんだぞ! なにせあのいにしえの大賢者様の一番弟子なのだからな!」
「ほーん……? 誰……?」
いにしえの大賢者と言われても、セイは知らない様子だった。
ふんっ、と鼻を鳴らしていう。
「無知なる貴様に教えてやろう! いにしえの大賢者様、またの名を【ニコラス・フラメル】さまといって、魔法、剣、そして錬金術。ありとあらゆる技術をおさめた、最強の術の使い手よ!」
「え? ニコラス・フラメルですって。いにしえの大賢者とかいうやつが?」
「そうだ! ですよねサザーランド様! ……サザーランド様?」
アブクゼニーは振り返って、驚愕に目を見開く。
さっきまで自信満々だったサザーランドが……。
玉座の上で、がたがたがた! と震えているからだ。
まるで、【とても恐ろしいもの】に出くわしたかのような、そんな恐怖に染まった瞳で、目の前の女を見つめている。
一方でセイはじっと目をこらすと……。
「あら、あんた……はなたれ小僧のサザーランドじゃないの」
「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! せ、セイ先輩ぃいいいいいいいいいいいいいい!」
サザーランドは、セイに向かって【先輩】といった。
そう……なぜなら。
サザーランドもまた、セイと同様に、ニコラスフラメルの弟子であり……。
セイの方が彼よりも上の弟子、つまり……姉弟子なのだ。
彼は知っている。
この女こそが、ニコラス・フラメルの一番弟子であることを。
彼は知っている。
この女の、恐ろしさを。




