34.聖騎士(やばいやつ)を助ける
エルフ国アネモスギーヴの王都、ギーヴへ向かう道中。
一人の騎士がモンスターに襲われていたので、魔除けのポーションを投げてモンスターを追い払った。
竜車を彼のもとへ近づけ、私は荷台から降りる。後ろからはシェルジュが銃を片手についてきた。
護衛のつもりなのでしょうね。
「…………」
「あなた、大丈夫?」
樹にもたれかかっているのは、美しい金髪を持つ騎士の青年だ。
白銀の鎧、そして真っ白なマントをみにつけてる。今はそのどちらもが血でよごれていた。
そして気になるのが、首からぶら下げているペンダントである。
十字架に、まとわりつく蛇の、変わったペンダントだ。かわったアクセアリーね。
「う……うう……」
彼はまだ少し意識があるみたい。ん? 青年にしては、声がちょっと高いわね。
背が高いので十代後半とかだと思ったんだけど、見た目より若いのかしら。
「あ、動かないで。今治療するから」
「……治療」
「ええ。シェルジュ、ポーションを」
メイドロボのシェルジュが、ストレージからポーション瓶を取り出す。
蓋を開けて、彼に飲ませようとしたのだが……。
「……おれは、いい」
「え?」
「……それより……あの子を……」
彼が指さす先には、エルフの少女がいた。
彼女もまた血だらけであった。なるほど、この騎士さまはこのエルフちゃんを守ろうとしたのね。
シェルジュはエルフちゃんに近づいて、体の状態をスキャンする。やがて、ふるふると首を振る。
「残念ですがお亡くなりになられてます」
「……そう、か」
ぽろぽろと彼が涙を流す。子供を守れなくて泣いてるのね。優しい騎士だこと。
「ま、大丈夫よ。それならそれでなんとかなるか」
「……なに?」
「それよりさっさと傷を治す。さ、飲んで飲んで」
彼が困惑している様子。死んで間もないなら蘇生も可能だからね。
さっさと蘇生してあげたいので、私は回復ポーションを彼にぶっかけた。
しゅぅうう……と湯気をあげながら、彼の傷がみるみるうちに塞がっていく。
「……なんという、ことだ。怪我が一瞬で治った……」
「はいはい。じゃ、次はそこのエルフちゃんね。シェルジュ」
私はシェルジュから上級ポーションのひとつ、【蘇生ポーション】を受け取る。 上級ポーションは別名、魔法ポーションとも言う。発動には私の魔力が必要となる特別なものだ。
私は死んだばかりのエルフちゃんに蘇生ポーションをかける。
するとエルフちゃんの体が赤く輝いて……。
「う……うう……あれ……? わたし……」
「起きた? どう、気分悪くない?」
私はシェルジュから瓶に入った【ただの水】を受け取る。
これはポーションを作るときに必須の、【普遍的な水】だ。
エルフちゃんは水を飲んで、ぷは……と一息つく。
「おねえちゃんお水、ありがとう! 生き返ったようだわ!」
まあ本当に生き返ったんだけど……そこまで言わなくていいわよね。変に騒ぎ立てられたくないし。
私たちのやりとりを、騎士の彼がじっと見つめていた。
やがて立ち上がって、私の前で跪く。え? なに?
「……助けてくださったこと、誠に感謝申し上げる。ただ……ひとつ、よろしいでしょうか?」
「え、なに?」
「……先日から、この近辺で【黒髪の聖女】なる不審人物が徘徊してるのです。何か、知っていることはございませんでしょうか?」
「黒髪の聖女ぉ~? 聞いたことないわね」
確かに私も黒い髪をしてるけれど、聖女じゃないからね。
「……では、大変失礼を承知で質問しますが、あなたが【黒髪の聖女】ですか?」
「違います。だって私、聖女じゃなくて、錬金術師だもの。あなただって見たでしょ、私が神の奇跡じゃなくて、ポーションを使って治療したとこ」
彼はしばらく考え込むと……。
「……なる、ほど」
と納得してくれた。良かった良かった。てゆーか、信じてくれたのってこの人がはじめて?
大体の人って私が聖女じゃないって行っても信じてくれなかったような。
「……旅の錬金術師殿。おれだけでなく、少女の命まで助けてくださったこと、深く、感謝いたします」
「気にしないで、私がしたくてやったことだから」
「……おぉ」
なんだかしらないけど、彼は感じ入ってるわ。
私は単にきもちよーく旅をしたいため、目の前で傷付いた人を助けただけ。これで死んだら寝覚め悪いじゃない?
「……とても高価なポーションでしたでしょう。おれの手持ちで、代金が足りるでしょうか」
そういって彼が、腰につけた袋から、革袋を取り出そうとする。
私はその手を押しのける。
「あーあー、いいって。お金は結構よ」
「! し、しかし……」
「別に金が欲しくてやった行為じゃないしね」
すると彼は、ぽろぽろと涙を流し出す。え、ええー……。
「しぇ、シェルジュ……私何かやっちゃったかしら?」
「むしろ何もしなかったときなど、旅を初めてから一度もありませんが? 以上」
辛辣ねこのロボメイド。
「な、何泣いてるのあなた……?」
「……いえ、今まで生きてきて、貴女様以上に素晴らしいおかたには、出会ったことがありませんでしたので」
「は、はあ……そう。随分狭い世界に住んでたのね」
ま、治療も終えたし、女の子も助けた。もう用事はないわね。
私は立ち上がって、シェルジュと一緒に竜車へと戻ろうとする。
「……お待ちください」
彼が私の手を握ってくる。意外とぷにっとしてる手だわね、この子。
「……是非とも貴女様に、お礼をしたいのです。どうか、我らの本部まで来ていただけないでしょうか?」
「いやです」
「……え?」
「いやよ。私、先を急いでるので」
私は彼の手を振りほどいて、竜車へと向かう。
お礼とかいらないし、どこの本部か知らないけど、私の旅の邪魔はしてほしくないわ。
というか、私は今、魔道具師ギルド蠱毒の美食家の問題に取りかかってる最中だし!
「……し、しかし! 貴女様はこの世界に神が生み出した宝! その力は我が神の御許で振る舞うのが一番いいに決まっております!」
「え、ええー……」
やだ……まさかこれ……。
怪しい宗教勧誘!? ひぃ! こわ!
「お願いします! どうか一度我らの本部に……」
「シェルジュ、麻酔弾!」
「よろしいのですか? 以上」
「いいの! やっちゃえロボメイド!」
シェルジュがため息をつくと、ストレージから拳銃を取り出し、容赦なく彼の眉間に麻酔弾を叩き込む。それも三発。
彼はぐらりと体を傾けて、その場にぐったりと倒れた。
「……お、まち……くだ……さい……」
「こわ! やばい奴らに見つかる前に、ずらかるわよ!」
「発言が完全に盗賊のそれです。以上」
ほっといたらこいつの所属する宗教団体のやばいやつらが、私に勧誘を仕掛けてくるかもじゃん!
逃げなきゃ! 勧誘なんてまっぴらごめんだもの!
私はモンスターに襲われてたエルフちゃんをとりあえず竜車に載せて、その場をすたこらさっさと後にしたのだった。
あー、やばいやつだったわー。もう二度と関わりたくないわね。
……でも、今思い出したんだけど、さっきの彼の来ていた鎧とマント、そして首からぶら下げていたペンダント。
どっかで見たことあるのよね……どこだったかしら?




