33.従業員達から引き留められまくる
魔道具師ギルド【蠱毒の美食家】での技術指導を開始してから、しばらくたったある日の朝。
私はギルドの工房の前にいた。
「セイ様……! 本当に行ってしまわれるのですか!?」
テリー君を含めて、この工房の作業員達全員が私の前に立っている。
今日非番の子もいるというのに、こんな朝っぱらから、みんな私を送るためにここへ集まっているそうだ。いい子達……。
「ええ。【上】からよーやく、出頭するようにって命令書が届いたからね」
魔道具師ギルド【蠱毒の美食家】は、エルフ国アネモスギーヴの王都【ギーヴ】に本部がある。
そこの本部長から、現場責任者である私に、出頭命令が下ったのだ。
まー、支部を勝手に乗っ取って、こんだけ好き勝手やっていれば、上もだまってはいられないだろう。
私としても、ギルド全体の改革を進めるためには、上の連中をぶっとば……こほん、説得(物理)しなきゃいけないって思ってたところだもの。
たださすがに本部に乗り込んでいきなり大暴れしたら、騎士とかが来て面倒だ。そこで私は向こうからこちらに来い、といわれるようになるまで待ったのである。
「お願いですセイ様! いかないでください! おれたちまだ、セイ様に教わってないことがたくさんあるんです!」
テリー君がそう訴えると、次々に従業員たちが私を引き留めようとしてくる。
「お願いしますセイ様!」「ここにずっといてください!」「おれたちにはあなた様が必要なんです!」「どうか、なにとぞ!」
ううーん困った……。そもそも私、長居したくないのよね。自由に気ままに旅がしたいから。
エルフ国アネモスギーヴに来たのも、奴隷ちゃんの一人ゼニスちゃんの家族を探すため。
その目的がまったく達成されていないままで、結構時間が経ってしまった。正直これ以上無駄な時間を取られたくないのよ……。
よし。
「まったく、あなたたちには失望したわ」
「「「!」」」
「私はあなたたちに、独り立ちできるだけの十分な知識と技術を授けたつもり。それが……なに? まだいかないで? 私が必要? それってつまり、私の教育が不十分だったと……そういいたいのね?」
「い、いえ……そんなつもりは……」
従業員達がみな、焦って首を振っている。
うん、わかってる。そんなつもりはないってことはね。
でもここはあえて怒ったふりをする。
そしてキレて出て行く……みたいな感じにしたいので。
「セイ様……すみませんでした! おれ……間違ってました!」
「もういいわ、こんな不出来な人たちのもとに……ふぇ?」
あ、あれ? テリー君? 私の台詞の途中ですよ? 何途中で遮ってるんですか?
「みんな、セイ様はこうおっしゃってるんだ! 【あなたたちにはもう十分な知識と技術を授けました。まだまだ私の足下にも及びはしませんが、それでもあとは自分たちの力でなんとかしなさい】と! 愛のある叱咤激励をしてくださってる、そういうことですよね!?」
「え、いや……」
「「「「なるほど……!」」」」
「ええー……」
単にあんまり長居したくないから、キレたふりしてさっさと出て行こうとしただけなんだけど……。
作業員達、なんかみんな泣いてる……!?
「セイ様……おれたちの成長を促すために、あえて冷たく突き放すような言動を!」
「あ、いや……」
「わたしたちがセイ様のような立派な技術者になれると信じての、愛の鞭!」
「だからその……」
「「「ありがとうございます、セイ様……!」」」
「ええー……」
なんか知らないけど、めちゃくちゃ感謝されてる……!
「お姉ちゃんやさしいのです!」「やはり主殿は女神のような慈悲深さをお持ちになられておられるな!」
ああ、ダフネちゃんとトーカちゃんまで感化されてるしっ。
ゼニスちゃんだけはドンマイみたいな顔してる……。ありがとう。
「マスター。そろそろ出発しないと、指定されてる昼前に到着できません。以上」
御者台に座って居るロボメイドのシェルジュがそう催促する。
「さ、さらば……!」
なんかもう色々面倒だったので、私はさっさと竜車に乗る。
地竜のちーちゃんが走り出す。
「セイ様ー!」「おたっしゃでー!」「さよーならー!」
……はあもう、めんどくさ。
やっぱり上に立つのってめんどくさくてしょうがないわね。
今回は成り行きであの子達を教育したけど、しばらくティーチングはやめておこうかな。
だって別れる時に面倒だし。長くその場にとどまったせいで旅もとまっちゃうしね。
その後竜車は王都ギーヴへ向かって進んでいった。
もう少しで目的地に到着するかな、と思ったそのときだ。
「おねえちゃん! 人が、モンスターに襲われてるのですー!」
ラビ族のダフネちゃんが突然そういう。この子、耳がいいから敵を事前に察知できるのね。
「大変でござるな! 主殿、もちろん現場へ向かわれますな!?」
「ええー……疲れてるから回h……」
「シェルジュ殿! 竜車の運転を代わってくだされ! はいや-! ちーちゃん殿!」
トーカちゃんが勝手に竜車の運転を代わってしまう。
ちょっ、どうして回避してって言おうとしたのに、それを遮って勝手にトラブルにツッコもうとするのかしら!?
「トーカ様のなかで、マスターが弱者を助ける最高の聖女さまになってるからだと推察されます。以上」
ま、まあたしかに……けが人を知っておいて、放置したらそれはそれで寝覚めが悪かった……けども。
前に同じことがあって、旅を快適に続けるために、助けたことがあった……けども!
早朝から疲れることがあったから、今日くらいは回避してもー……って思ったんだけどね。ま、いいけどさ……。
「見えてまいりました! 狼型のモンスター複数体に……あれは、騎士でござるかな!」
窓から外の様子をうかがう。
白いマントをつけた、鎧の騎士さまが、モンスター複数と戦っている。
かなり劣勢そうだ。騎士の鎧が血で濡れているし。
「はー……しゃーない。シェルジュ。魔除けのポーションを投擲」
シェルジュはストレージから私の作った魔除けポーションを取り出すと、正確にポーション瓶をなげつける。
続けざまに、銃を取り出して、空中で瓶を狙撃。
中身があたりに散布されると、モンスターは尻尾巻いて逃げていった。
「トーカちゃん。竜車を彼に近づけて」
「わかりました! 治療でござるな! さすが主殿はお優しいでございますなぁ!」
これでけが人ほっといていたら、トーカちゃんから失望のまなざしを向けられるようになるからねぇ。
それは嫌だから、ま、助けるわけさ。




