30.構造改革
魔道具師ギルド【蠱毒の美食家】があんまりにも従業員達に酷い扱いをしていたので、怒り爆発した私は、責任者を追い出した(物理的に)。
「マスター。やってることが完全に押し入り強盗です。以上」
メイドのシェルジュが冷静なツッコミを入れてくる。
「わかってるわよ。でも疲れ果てて泥のように眠ってる彼らを見てご覧なさいな」
シェルジュの作ったご飯をたらふく食べて、回復ポーションを飲んだ彼らは、藁を積んで作った簡易ベッドで眠っている。
……驚くことにここ、簡易用のベッドすらなかったのよね。ふざけてるのかしら? ふざけてるよね?
「私はどうにも許せなくってね。あんなふうに、人間を家畜のように扱うクソ野郎どもが」
「うむ! 立派でござるな! 主殿は!」「おねえちゃんやさしーのですー!」
ありがとうトーカちゃんダフネちゃん。
一方でゼニスちゃんは冷静な意見を述べる。
「……さすがに現場責任者が、上に断りもなく替わったら問題になると思います。おそらくは近日中に、上層部からの接触があるのでは?」
「でしょうね。まあそれはそれで好都合よ。こっちからで向かなくても、ボスが来てくれるんだから」
ボスに一言もの申してやりたいもの。この公害を引き起こしてるのが、蠱毒の美食家たちなのは明らかなんだから。
「さて、従業員たちが寝てる間に、これからの方針について話すわよ」
奴隷ちゃんズとシェルジュを集めて私が言う。
「私はこの魔道具師ギルドを大改善しようと思ってます」
「……取り潰すのではなく、ですか?」
「ええ。物理的に破壊したところで、その後にまた同じような体制の魔道具師ギルドの工房ができたら、また公害が発生しちゃうからね。だったら根っこからこのギルドを、私が変えてやろうって思って」
なるほど……とトーカちゃんたちがうなずく。
「……このギルドの改革を行う、というのはわかりました。具体的にはどうするんですか?」
「それは現状を把握してからかな。ゼニスちゃん、シェルジュ。あなたたちは書類のチェックを。ここで何をどれくらい作ってるのか、コスト、作業時間を調べてちょうだい」
エルフのゼニスちゃん、メイドのシェルジュがうなずく。
「トーカちゃんとダフネちゃんは工房内の大掃除をお願いするわ。ちーちゃんも手伝ってあげて」
「心得た!」「はいなのです!」「ぐわー!」
火竜人のトーカちゃん、ラビ族のダフネちゃん、地竜のちーちゃんがうなずく。
「……セイ様は何をなさるおつもりですか?」
「ま、とりあえず従業員達が現状手をつけてるお仕事を、ぱぱっと終わらせとくわ。はい、じゃあみんな。行動開始」
「「「了解……!」」」
奴隷ちゃんズとメイドが部屋を出て行く。
残った私はこの作業場をぐるりと見渡す。
「今は何を作ってるのかしら……っと」
私は作業テーブルの上を見やる。
1本の剣がおいてあった。持ち手の根元には、円形の穴がくりぬいてある。
「なるほど、魔法付与された剣を作ってたのね」
テーブルの上には加工された魔力結晶が置いてあった。
魔力結晶。魔物の体内や、ダンジョン内部から採取される特別な結晶。
これに魔法を付与して、剣や道具にくっつけることで、魔法付与された道具、つまり魔道具になるというわけだ。
全部の魔道具がこの作り方されるわけじゃないけど、一番簡単なやり方が、この魔力結晶を用いた付与である。
「それにしても……ひっどい出来ねぇ……」
加工された結晶は、表面がひび割れてたり、でこぼこしていた。
魔力結晶は球体状に加工するのが、最も効率よく魔法を道具に伝えるというのに。
これじゃたとえ魔法を付与しても、十全に道具に効果が発揮しないじゃないのよ。
「SOPとかないのかしら……?」
SOPとは、まあ作業するときの手順が書かれている説明書みたいなもの。
これを読めば誰でも作れる、という基準となるものが……どこにも見当たらなかった。
「現場にSOPがおいてないとか……。ゼニスちゃんたちに探さしてるけど、これはそもそも作ってないな」
アホかといいたい。適当な技術指導ですぐに現場にほうりだしても無意味なのに。困るのは指示を出してる上のやつらじゃないか。
下の人たちの苦労をきちっと理解して、育てないと、いずれ現場は破綻する。そんな単純なこともわからないなんて……!
現場を理解しない上司は全員SATSUGAI……おっと、社畜時代のブラックな私が顔を出すところだった。
「やることは決まったわね。しぇr」
「なんですか、マスター? 以上」
「うぉ! どっから生えてきた!」
「呼ばれると思って。以上」
言われる前から行動できて一流とはよく言うものの、いきなり来られたら驚くってば……。
ま、いいけどね。
「シェルジュ。書類の整理はゼニスちゃんに任せて。あんたは私の助手」
「かしこまりました。以上」
「あと加速ポーション出して」
シェルジュがストレージから新しいポーションを取り出す。
加速ポーション。飲めば何倍ものスピードで動くことができる。
通常は戦闘とかで使う物なんだけど、私の場合は、大量の仕事を一気に終わらせたいときに使う。
瓶の蓋を取って、加速ポーションを飲む。
「んぐんぐ……ぷはぁ! さぁ……て、やりますか! ついてきなさいよ、シェルジュ!」
私の思考、そして手が超加速する。魔力結晶の加工。魔道具の成形。さらにSOPの作成。
シェルジュは私が欲しいと思った物を、欲しいと思ったタイミングで、私の前に置いてくる。
さすがロボメイド。加速してる私の動きにもきちんとついてきているわ。
★
3時間くらいが経過したところで、一人の従業員さんがふらふらと、仮眠室から顔を出す。
純朴そうな顔つきの男の子だ。
「あ、あのぉ……」
「あ、おはよ。もっとゆっくり寝てていいのに」
「は、はあ……あ、あの……あなたは……」
どうやら彼は事情を理解してなさそうだ。
ま、そりゃそっか。
「私はセイ・ファート。旅の錬金術師よ」
「は、はあ……。その……セイ様はここでなにを?」
「魔道具を作ってたわ。発注があったやつ」
くわっ! と彼が目を見開く。
さぁ……と顔が青くなった。
「そ、そうだ! しまった! 今日納品の魔道具がまだたんまり残ってるんだった! 寝てる場合じゃなかったー!」
「落ち着いて。全部完成してるから」
「え?」
私が作った付与の剣をを彼に手渡す。
しげしげと彼はそれを見て……目を剥く。
「す、すごい……なんだ、この完璧な付与。魔力伝導率が桁違いだ。これなら……」
彼は作業台の上に転がっていた鉛筆の上に、剣を置く。
すとん……と切れた。
テーブルごと。
「な、な、なんだこれ!? こ、こんなすごい付与……初めて見た!」
「そう? ただ注文通り斬鉄を付与しただけよ」
「斬鉄は切れ味が少し上昇するだけの付与ですよ!? こんな、力も勢いも込めてないで、鉄の作業テーブルが切れるものじゃない!」
あら? 斬鉄って文字通り、鉄をもひきさく切れ味を付与する魔法じゃなかったかしら?
「マスター。ここは技術力が衰退した未来です。斬鉄の効果も500年前とは異なります。以上」
ああ、なるほどね……。
彼は斬鉄が付与された剣を恐る恐る鞘に戻して、私の前に頭を下げる。
「失礼いたしました! すごい魔道具師さまとは知らず! この剣、お見事でした! こんな素晴らしい魔道具は初めてです!」
まあ注文に応えられたみたいで良かったわ。
でも、一つだけ忠告しておかないと。
「あのね君、名前は?」
「テリーです!」
「じゃあテリー君」
そう、ここはね、言っとかないとね。
「私は魔道具師じゃないわ。錬金術師よ」
テリー君は、ぽっかーんとしていた。
なんで? 魔道具作成も錬金術師の仕事なのに……。




