26.エルフ国アネモスギーヴ
ついに荒野を抜けて、エルフ国アネモスギーヴにやってきた私たち一行。
道中まあいろいろあったけど、よーやく到着かぁ……。
「…………」
エルフの奴隷、ゼニスちゃんがそわそわとしている。元々彼女はこの国の王女様だったのよね。
クーデターが起きて、家族は皆散り散りになってしまったらしい。
「やっぱり来ない方が良かった、ここ?」
「……い、いえ! そんなことありません。ただ、懐かしいなと思って」
「いつぶりなの?」
「……わかりません。ただ、もう大分前になる……と思います」
そういえばゼニスちゃんはエルフだった。人間とは時間感覚が違うって聞くわね。長命な種族故に。
だから何年前とか、いちいち年月で覚えていない、感覚でしかわからないのだろう。
「家族に会えるといいわね」
「……はい。ただ、もう居ない可能性のほうが……」
まあ、奴隷として売りに出されたとなると、確かにエルフ国にとどまってない可能性はあるかもしれない。
「ま、そのときはそのときよ!」
「セイ様……」
「探す前からだめだーとか言っちゃったら、だめよ。まあ何も見つかってないし、見つからなかったわけじゃないんだからさ。だめだったらそんとき考えましょ」
ゼニスちゃんは頭がいい分、いろんなことを考えてしまう。余計なことまで考えちゃうのね。
でもそんなふうに、悪いことを延々考えても疲れるだけだわ。適度に、てきとーに。だめならそのとき考える。
「そんな行き当たりばったりでいいのよ、人生なんて。合否も出来不出来もないんだしね」
「……はい、ありがとうございます。セイ様、励ましてくださって」
「仲間が落ち込んでたら励ます。そんなの当たり前じゃないの」
まあ実際、私が社畜時代だったとき、落ち込んでても誰も声かけてくれなかったからさ。
同じ風に悩んでいる人をほっとけないのよね……。
「さて! じゃあアネモスギーヴに来たわけだけど、まずはどこを目指す?」
「……王都を目指すのがいいかと。人も多いですし」
「んじゃ王都へゴーね。と、その前に、どこかに水浴びできるとこないかしらね」
長く荒野を歩いたから、水浴びしたい気分なのよね。
「マスター。体の洗浄は【浄化ポーション】で行っていたので、体表に老廃物はありません。以上」
「そりゃ体はきれいだろうけどね、こう……入りたいでしょ。水。暑かったし!」
本当のところを言うならお風呂に入りたいところだけども。
ゼニスちゃん曰く、お風呂のあるような町までは結構距離があるそうだ。
ならせめて水浴びくらいはね?
荷台の上で、ラビ族のダフネちゃんが耳をピクピクと動かす。
「おねえちゃん! 水の音がするのです!」
「でかした! よし、トーカちゃん、そこへゴーよ!」
「心得たでござるー!」
ダフネちゃんは耳がいいので、水源を音で見つけだしたのね。いやぁ、さすがだわー……。
って思っていたのだけど。
「わー……なにこの毒沼」
森の中に大きな湖があった。
が、どう見ても湖のなかには、粘液がたっぷたぷに満ちてるのよねぇ。
「……おかしいです。沼なんてこのあたりにはなかったはず」
「これじゃ水浴びできないのですぅ~……」
「ダフネちゃん、諦めちゃだめよ。そんなときこそ、【浄化ポーション】の出番じゃないの!」
浄化ポーションは、簡単な毒や呪いを解くだけでなく、体表の老廃物を洗い流す効果を持つ。なかなか便利なポーションだ。
これで下級ポーションなんだから驚きよね。
私はポーション瓶の蓋を開けて、毒沼にとくとくと注ぐ。
紫の粘液が、みるみるうちに透明な湖へと変わっていった。
「わぁ! きれいなお水なのです! おねえちゃんすごいのですー!」
「いやはやどうも。さ、水浴びよ……!」
私たちは薄着になって、湖で体を洗い流す。
トーカちゃんはカエルのように泳いでいた。ダフネちゃんはぱしゃぱしゃ、とゼニスちゃんと水の掛け合いをしてる。
私とシェルジュは湖畔に腰掛けて癒やされていた。水で体を洗い流して、すっきりそうかい。
ふぁーあ、眠いですな……。
と、そのときだ。
がさっ! と森の茂みが大きく動いたのだ。
シェルジュが間髪入れずに銃を抜いて発砲しようとする。
だが私はロボメイドの銃をつかんで、銃口を上に向かせる。
「なぜ邪魔をするのですか? 以上」
「敵ならダフネちゃんが気づいてるから」
遊んでいるとはいえ、彼女のうさ耳が敵の接近をとらえられないとは思えない。
私は茂みの方へ行く。するとそこには、エルフの子供がぐったりと、その場に倒れていた。
木の桶が近くに転がっている。どうやら水をくみに来ていたらしい。
あ、あの毒沼を……飲むつもりだったのかしらこの子?
とんでもないわね……。
「っと、そんなことより。シェルジュ、ポーションを」
下級ポーションの管理もシェルジュには任せている。
錬金工房(空間魔法の一つ)のなかにポーション入れとくよりは、シェルジュに持たせてる方がいいのよね。前者は内部時間を加速させてる関係で、すぐ劣化しちゃうし。
シェルジュからポーション瓶を受け取って、子供エルフに飲ませる。するとみるみるうちに顔色が良くなっていった。
「これでよしっと。あとは起きるまで待ちましょうか」
「また寄り道ですか、以上」
「いいじゃないの。寄り道。旅してるんだから。寄り道もまた旅の醍醐味よ」




