義を見てせざるは
俺とロゼリは、リーレイの死体を布でくるみ、シダーイの家に運び込んだ。
深夜にたたき起こされたシダーイは不満そうな顔をしたが、事情を説明すると、リーレイを一室に安置させてくれた。
様々な器具がならんでいる一室で、普段は薬の調合や特別な患者への投薬のために使っている部屋だそうだ。
死体は布にくるまれたまま台の上に横たえられた。
「で、それがこの薬というわけか」
シダーイが液体の入った小瓶を指で揺らした。透明なとろみのある液体が瓶の中で揺れた。
「何の薬か分かりますか?」
「見ただけで答えられたら、わしがこの薬を作った張本人だろうが。残念ながら違うから、調べてみんと分からんさ」
「お願いします」
俺は頭を下げた。
「ただの回復薬かもしれんぞ」
「回復薬ではないかもしれません」
それがシダーイに薬を渡した理由だ。
「ま、そうだのう。で、こっちがこの薬を投与された死体か」
シダーイは死体を一瞥した。
「投与されたのは死ぬ前かね、後かね?」
「分かりませんが、飲ませればと言っていたので、死ぬ前じゃないかと」
「ふむ。そうするとアンデッド化系ではなさそうだが」
シダーイは瓶を置いて、腕まくりをし、死体に正対した。
「……お前さん、レディーの死体をがっつり眺める気か?」
シダーイに睨まれて、俺は部屋から出ることにした。
「応接間で待っておれ。死体の方はそんなに時間はかけんよ。置いといて腐られても困る」
「お願いします」
俺はもう一度頭を下げてから、部屋を出た。
「嬢ちゃんは、少し手伝ってくれ」
シダーイに頼まれ、ロゼリは部屋に残ったようだ。
俺は一人で応接間に行き、ソファーに腰掛けた。
「ふぅ」
小さくため息をついた。
体に疲れの感覚は無いが、精神的な疲れは生じる。
その疲れが呼んでくる淀みにまどろむように気分を流しながら、俺は今後のことを思案した。
リーレイが運び出されたことは、遅くとも明日の朝には発覚すると考えていいだろう。グラフォードはどう動くだろう。
グラフォードは俺たちとのつながりを知ってリーレイを尋問することに決めている。
つまり、助け出したのは俺たちだと思うだろう。
あの薬があるから、リーレイが死んだとは思わないはずだ。口封じのために暴力に訴えてくるだろうか。
仮にそうだとしても、俺とロゼリの方はなんとかなるだろう。一番危ないのはシダーイか。連中にシダーイとのつながりまで知られていればだが。
守りを考えるなら、俺かロゼリがここにいれば当面はいいかもしれない。
だが、守りに入ることはいいことだろうか。あの薬がどんな薬が判明するまで待つべきか、それより先に行動を起こすべきか。
心が疲れていてはそう簡単にまとまるようなテーマではなかった。
どれくらいの時間が経ったろうか。
当然誰かが背後から腕を回してきて、抱きついてきた。<危険感知>は沈黙している。視界にふわりと金髪が流れてきて、それがロゼリであることが分かった。
「何を考えているの?」
「うん、いろいろと」
まだ何も固まっていなかったので、俺は曖昧に返した。
「そう」
ロゼリはそれ以上追求してこない。
「……なぁ」
「なに?」
これを聞いていいものだろうか。ここに来るまで、ロゼリはあえて語らないよう、知らせないようにしていたことだ。
とはいえ、聞かないわけにもいかない。俺の責任なのだから。
「リーレイは何をされていた?」
答えはすぐには返ってこなかった。
説明の仕方に迷う間が流れた。
「いわゆる拷問」
ロゼリにはそれ以上説明する気はなさそうだった。
情報としては何か新しい価値のあるものではない。ロゼリの反応を見ていれば、聞くまでもなくそうであるに違いなかったが、はっきりと示されると、改めて重い気分がもたらされた。
「そうか。リーレイは、どうしてやるのがいいと思う?」
「できるの?」
「できる」
アンデッド創成。
スキル<不死王の凱歌>は、リーレイをアンデッド創成の対象にできることを教えてくれていた。
しかし、拷問の末死んだ者をアンデッドにするなど、苦痛を長引かせるだけではないのだろうか。
「できるなら、すべきだと思うわ」
ロゼリは断言した。
「そうだろうか」
「えぇ。生死の理から外れてでも果たしたい想いをくみ取り、果たすチャンスを与えるのが勇人さんの力でしょう」
「それは、そうだけど」
「外道の責任は外道が負うべきもの。そしてアンデッドとなるのは、応じた私たち自身が追うべきもの。迷う必要なんて無いわ。勇人さんが呼びかけ、私たちは応えた。声をかけるのが勇人さんの義務。応じるかどうかは、彼女の心が決めること」
「なるほど。義を見てせざるは勇なきなり、か」
「その表現いいわね」
ロゼリの声に笑いの気配が混じった。
ちょうど、背後でドアが開く音がした。シダーイである。
「お前さん達、人の家で何をいちゃついとるんだ?」
すっとロゼリが離れた。
「少し秘密の相談をしてまして」
「そうかい。それで、あの死体はどうするつもりなんだ?」
「ちょうどその相談でした」
「で?」
「アンデッド創成を試します」
「是非見せてくれ!」
シダーイが食いついた。
「わかりました。シダーイさんの方はもういいんですか?」
「必要なデータとサンプルは取ったぞ」
「じゃあ行きましょう」
俺たち3人は再びリーレイの死体が安置されている部屋に入った。
死体には布がかけられている。
俺は右手を死体に向けてかざした。
<不死王の凱歌・アンデッド創成>
スキルを発動させる。
布の隙間からわずかに光が漏れた。光はすぐに収まった。
「どうなった?」
シダーイが聞いてくる。
リーレイが動き出す気配はない。
「……たぶん、成功したはずなんですが」
失敗したという感じはしない。しかし成功したなら、動き出すはずだ。
「拍子抜けだな」
シダーイは無造作に布をめくり、リーレイの顔を露わにした。傷のない穏やかな顔だった。
「ふむ、傷が治って再構成されているうえ、魔力の循環も生じている。失敗というわけでもなさそうだな」
「どういうことです?」
「アンデッドというやつは、血の代わりに魔力が流れているというのが最も簡単な説明だ。体はちゃんとアンデッドの類いになったようだが、魂がもどっておらん」
「原因は?」
「知るか。例の薬のせいかもしれんし、別の要因かもしれん。少し調べてみても構わんか?」
「お願いします」
「うむ。やれやれ、結局徹夜か。老人使いが荒くてかなわんわ」
シダーイがぼやいた。言葉と裏腹に楽しそうだった。
翌日、日が昇ってから、俺とロゼリは、再びグラフォード邸を訪ねた。
守衛はすでに門の前に立っている。近づいてくる俺たちに気づいて、意識を向けてきていた。
「グラフォードに話がある」
俺は守衛に向かっていった。
守衛はあからさまに警戒する表情をした。
「こんな朝早くにお約束ですか?」
「いや、しかしきっと会ってくれると思うね。シー=リーレイのことで話があると伝えてくれ」
「旦那様は約束のない人とは会いません」
俺とロゼリは顔を見合わせた。
もともと素直に通してもらえるとは思っていないが、通してくれないならしょうが無い、というめくばせだ。
俺は予告なしに魔法を放った。
<エアリアルブロウ・四重>
門扉が派手に吹っ飛んだ。
「な!?」
<スリープ>
すかさずロゼリの魔法が守衛の意識を奪った。守衛はその場で崩れ落ち倒れた。
強行突破。
俺たちは再びグラフォード邸の敷地に足を踏み入れた。




