命には命
クレアッドの街に戻ってすぐ、俺は商人グラフォードの館を訪れた。
時間は夜。辺りは暗く、人の往来もない。
事情はロゼリに聞いている。
リーレイからの連絡が無く、滞在しているはずのグラフォードの館の者は知らないと言っているが、ロゼリがいくつか聞き込んだところ、やはりリーレイはその館に滞在しているはずだった。
ただ、ここしばらくは姿が見えないようだ。もともと旅人だから、また旅に出たのだろうと考えられているようだったが。
「急に旅立つとしても、守衛が全く知らないという顔をするというのはおかしいわ」
とロゼリは考えている。そこで、寝静まっている頃に忍び込んでみよう、というのが彼女の提案だった。
門は固く閉ざされていて、守衛の姿はない。
門の向こう側、館にはいくつかの窓から明かりが漏れているのがうかがえるが、周辺の他の邸宅と比べても不審な点は特になかった。
忍び込むのは俺とロゼリの二人だ。俺たちは全身を黒真っ黒な服でそろえ、闇に紛れていた。
<飛行>で門を飛び越え、敷地内に入った。
『どこから入る?』
『正面から堂々と、といきたいところだけど、窓からが無難だと思うわ』
『オーケー』
高度を上げ、まだ明かりが灯っているのが見える2階の窓に向かった。速度を落とし、窓ガラスごしに室内を窺うと、メイドが机に向かって何か書き物をしているようだった。
窓は閉め切られておらず、外気を取り込むためか、わずかに開かれていた。
ここから入れそうだ。
俺はゆっくりと腰に下げた短剣を引き抜くと、音を立てないように窓枠を押して開いていった。
人が入れるほど開けてから、俺はゆっくりと室内に滑り込み、天井にはりついた。ロゼリはまだ外にいる。
一瞬少し強い風が吹き込んできた。それで、メイドは窓が大きく開いていることに気づいた。
「あら。いつの間にこんなに」
メイドが独り言を言いながら立ち上がり、窓に向かっていく。
俺はその背後にすっと降下して、左手で口元を塞ぎ、右手の短剣をメイドに見えるように目の前にかざした。
「静かに。騒いだら殺す」
メイドの体が震え、強ばった。
『ロゼリ、入ってきていいぞ』
外にいるロゼリに伝えると、ロゼリも窓から室内に入ってきた。
「ねぇあなた、異国から来た神官の女の子、この館で見たことある?」
ロゼリが問いかけると、メイドは小さく頷いた。
「最近姿を見た?」
今度は頭を横に振られた。
「どこに行ったのか知ってる?」
横。
「この館の中で、入ってはいけないと言いつけられてる場所は?」
縦。
「小さな声で教えてくれるかしら」
「ち、地下室の扉の先には決して行くなと」
「理由は知ってる?」
「知りません」
「そう。地下室へはどうやっていくの?」
メイドから地下への行き方聞き出した。
俺たちは室内にあった服でメイドを縛り上げて猿ぐつわを噛ませ、騒げないようにしてから、部屋を出て、館の廊下に出た。
広い館だ。
廊下には部屋に続く扉がいくつも並んでいた。明かりはなく、すっかり寝静まっているようだった。
足音が経たないよう再び<飛行>で空中に浮かんでから、メイドから聞いたとおりに1階に降り、台所のすみにある階段から地下に降りていった。
地下室は食料や酒などの貯蔵庫になっている。
その一角に、頑丈に作られた扉があった。鉄で補強されていて、いかにも入ってくるな、という雰囲気だ。
扉を開けると、その奥にはのっぺりとした闇が詰まっていた。アンデッドの夜目でも見通せない。
『結界ね』
『入れるのか?』
俺は手を伸ばしてその結界の表面に触れてみた。指は何の抵抗もなく結界の向こう側にすりぬけた。どうやら入れそうだ。
『よし、入るぞ』
俺は警戒をしながら、結界の中に足を踏み入れた。結界を超えると、階段が下へと続いていた。階段の下にはもう一つ扉があり、隙間から光が漏れてきていた。
後ろからロゼリが入ってきた。
『誰かいるみたいだ』
『えぇ。一気にいきましょう』
俺は頷いて、ゆっくりと階段を降りた。扉に手をかけ、ロゼリに目配せをひとつして、一気に押し開いた。
中には男が一人。
男は突然の強襲に驚き、次に俺の顔を見て驚いた。
その隙に俺は男に肉薄し、レバーブローをお見舞いした。男の体がくの字に折れ曲がった。
俺は悶絶して崩れ落ちていく男の襟元をつかみ上げ、壁に押しつけた。
「さて、一つ聞きたいんだが、異国から来た神官を知らないか?」
「シー・リーレイか」
男は吐き捨てるように言った。
「そうだ」
「お前達の仲間か、やはり裏切り者だったか」
「どこにいる? 言え」
「……奥だ」
男の言うように、この部屋にはさらに奥に続く扉があった。
ロゼリがその戸を開け、奥へと入っていった。
『いるか?』
念話でロゼリに聞いた。
返答はすぐには来なかった。
少しの間感情を押し殺しているかのような沈黙が伝わってきた後、短い返答があった。
『死んでるわ』
『そうか』
俺も短く答えた。
「さて、なぜ殺した?」
俺に質問された男の方は、身に覚えがないという顔をした。
「殺してない。まさか、そんな」
「おいおい、言葉には気をつけてくれよ。おまえは俺の信頼する相棒が生きてるか死んでるか見分けられないぼんくらか、大嘘つきだとでも言うつもりなのか?」
「ちちがう、そうじゃない、そんなはずは。だってちゃんと薬は飲ませたんだ!」
男は焦っている。どうやら本気で殺したつもりはないらしい。
「へぇ」
俺の背後からロゼリの声がした。
俺の<危険感知>のスキルがけたたましく警戒を呼びかけている。『危険』がすぐ背後にいる、と。
やばい。
これは切れてる。
演技とかではない。演技なら『危険』とは判断されまい。
「つまり、薬を飲ませないと危ないくらいのことはした、ということよね?」
「ひっ」
男の顔が引きつった。
俺の生前にも死後にも、こんなにわかりやすく氷点下を感じる声を聞いたことはなかった。
ロゼリの顔を確認するために振り向くような無謀な勇気は俺には無い。
その怒りの矛先にいる奴は必ず不幸になるだろう。
男はもうそれを予期して震え始めていた。
俺は第三者として賢明に対処することにした。
男を捕まえていた手を離し、尋問係をロゼリに交代したのである。
触らぬ神にたたり無しだ。
「た、助け……」
男が俺に訴えてきた。
申し訳ないがそれは不可能というものだ。助ける理由も特にない。
俺だって怒ってはいるのだ。ロゼリの怒り方を見るに、ただ殺しただけというわけでもないだろう。
俺は男の助けを求める声を黙殺した。
「私の質問に素直に答えれば、考えてあげるわ」
代わりに、この場の絶対権力者が宣言した。
「はははひ!」
「まずは理由」
「リーレイのやつが、旅人っぽい二人をグラフォードさんに紹介したいと言うから、少し調べてみたらアンデッドなもんで、怪しいって、調べろって」
「指示をしたのは誰?」
「グラフォードさんだ…です」
「殺せと?」
「ち、違う。あの薬を飲ませれば助かるはずなんだ。同郷人だぞ、殺すつもりなんて無かった!」
「その薬は今ある?」
「そ、そこの机の棚の中に」
「俺が」
俺はロゼリに何か言われるより先に机に歩み寄り、棚を引き出した。
上から2段目の引き出しに液体の入った小瓶が3本ほど入っていた。
「これか?」
「それだ!」
「何の薬なんだ?」
「どんなに死にかけてても一瞬で治るんだ。これまでも何人もそれで助かってる」
「どこで売ってるの?」
「売ってない。グラフォードさんがどこからか仕入れてくるんだ」
何やら怪しい感じがする。あとでシダーイに見て貰った方がいいだろう。
俺は小瓶を全て懐にしまった。
「そう。したのはあなただけ?」
「お、おれだけじゃない。あと3人!」
「名前」
男が3人の名前を吐いた。
「そう。ありがとう」
ロゼリが短く話の終わりを宣言した。男の顔に期待がよぎった。
<エアリアルエッジ>
ロゼリの魔法が一閃。男の頭が胴から離れた。
男の顔がなぜ、という表情を浮かべながら床に落ちていく。
ロゼリは何も応えない。
なんとなく俺には分かった。苦しまないようにするというところで慈悲をかけたのだろう。
俺は何も言わず、ロゼリが怒りをしまい込むのを待った。
『……ユウトさん。リーレイを連れてここを出ましょう』
『ああ』




