ロゼリの一日
エドモンド邸でのロゼリの一日の最初は、朝食から始まる。
エドモンド邸のメイドに案内され、食堂に行くと、いつものようにエドモンドは自席の横に立ってロゼリを待っていた。
「おはようございます、ロゼリ様。」
エドモンドは、その節操のない体型に反して、ロゼリに対する振る舞いは紳士そのものだった。朝早いにもかかわらず髪もきっちりと整え、頭と目をはっきりさせてから朝食の場に出てきている。
「おはよう。今日の朝食はなにかしら?」
「ほぐした鳥のローストを添えた粥になります。」
「そう。楽しみね。」
ロゼリは席について、食前の挨拶をさっと済ませると、スプーンで粥を一口含んだ。
「まぁ。」
ロゼリはあえて驚きを隠さなかった。
粥の味付け、原料、味付け、香りつけ、そうしたものが、生前口にしていた物ととてもよく似ていたからだ。なじみ深い味付けであった。
「お気に召していただけたようで。」
エドモンドはしてやったり、という顔をしている。
「えぇ、そうね。」
ロゼリは微笑んだ。
この粥はエドモンドからの一種の意趣返しだ。
ロゼリは生前のことについて一度もエドモンドには語っていない。
手がかりにできたのは名前だけだろう。
エドモンドはロゼリの名前だけでレクノード王国にたどり着き、当時の宮廷式の料理の一つを再現させて朝食に並べて見せたのである。
200年前のレシピなど、そう簡単に突き止められるものではないだろう。自分は役に立つぞ、というエドモンドの無言のアピールである。
「よく突き止めましたね。」
「種明かしはご容赦くださいませ、王女殿下。」
「滅んだ国の位など、何の意味もありませんわ。」
「いままさに新しい国を作ろうとしていらっしゃるではありませんか。正当性の裏付けに使えるでしょう?」
「正当性など、どうとでもなるものです。覚えている者のいない国など持ち出さなくても。」
「覚えていなくとも、記録はあります。」
エドモンドは妙にこの話題に食い下がってきた。
ロゼリは粥を一口含んで間を取った。
(私を量ろうというのかしらね。)
そう考えてロゼリは少しだけ、自分が何を考えているかを提供することにした。全く何も開示しなければかえって警戒させるだろう。
「エドモンドさん、私はこの何日か、街の中を見ていて思うことがあるのです。」
「ほう、何をでしょうか。」
「国の名前など、民にとってはどうでもよいことなのではないか、と。」
「決してどうでも良くはありませんとも。」
「あなたの財産が守られる限りにおいては?」
ロゼリが指摘するとエドモンドは肩をすくめた。
「まぁ、その通りです。」
「そういうところですよ。」
ロゼリは笑った。
「自分にとって大事な物が保証されるなら、誰が支配者であろうと興味がない。当の支配者の前ではそんなそぶりは見せないでしょうけど。」
「おっと、見せてしまいました。」
エドモンドは大げさに頭を抱えて見せ、頭を下げた。
「どうか平にご容赦を。」
ロゼリの見るところ、茶番であった。
エドモンドも茶番に見えることを分かってやっているのだろう。
「不忠は大罪。ただでは許して差し上げられません。」
ロゼリは茶番に付き合った。
「は。何をすれば許していただけるでしょう。」
「わたくしは、周辺諸国の情報が知りたいわ。詳しい者を一日貸していただける忠義の者はおりませんでしょうか。」
「私以上の忠義の者はおりません。私の使っている者の中に適任の者がおりますよ。」
「まぁ。その忠義に免じて先ほどの不忠は許すことにいたしましょう。」
振ればカラカラと音が鳴りそうなトークである。
「今日なさいますか?」
「明日にいたしましょう。今日はお茶会の用事がありますの。」
「それはそれは。楽しんでらしてください。」
ロゼリとエドモンドは表面だけの笑顔で飾って茶番を終わりにした。
朝食を済ませると、ロゼリはエドモンド邸を出て、宿屋・南鳩亭に向かった。
もちろんお茶会のためではない。そもそもお茶会などない。
「やぁロゼリさん。おはようございます。」
南鳩亭の主人が入ってきたロゼリに気がついて挨拶をした。
「おはよう、ご主人。さっそくだけど、これ、この先5日分ね。」
ロゼリは小銭をカウンターの上に広げた。
「どうもありがとうございます。すみませんね、泊まってもいないのに宿代を払わせてしまって。」
「荷物を置いて貰ってるんだから当たり前でしょう。誰か訪ねてくる人はいなかった?」
「いないですよ。待ち人来たらずですか。」
「えぇ。」
ロゼリが待っているのはリーレイからの連絡である。
もう5日は待っているが、一向に連絡が無い。だめだったらだめだったで言いに来そうなものだが、全くなにもないのだ。
「ご主人、グラフォードさんという商人の方の館はどこか分かる?」
「グラフォードさんなら、たしか西の丘のところだったと思うよ。」
「ありがとう。」
ロゼリは南鳩亭から出た。
西の丘と呼ばれている区画に向かい、そこでも道行く人に聞いてグラフォードの館を見つけ出した。
エドモンド邸ほどではないにしろ、立派な館だった。
「リーレイさんという方がこちらで世話になっていると聞いてきたんですが、いますか?」
ロゼリが聞くと、守衛は怪訝そうな顔をした。
「誰です、それ?」
「異国から来た、黒髪の、さわがしい片言の神官で。」
少し詳しく説明しても、守衛は誰のことか分からないようだった。
「……ごめんなさい。何かの間違いのようです。」
ロゼリは退いた。
分からないと言っているのを粘っても仕方の無いことだ。
少し下調べが必要だろう。




