愛の神官
道の向こうに、城壁が見えてきた。
クレアッドの街である。
百人長ベロアがかつて勤めていた街であり、セリスが君臨していた街であり、さらに時代を遡ればレクノード王国の街であった。
俺とロゼリは、2人で旅人の振りをしてこの街を訪ねるつもりだった。
必要なのはつてと金である。
エルフの里周辺は『未開』といっていいくらいただの原生林だったから、基本的に狩猟採集くらいしか食料採集の当てがない。
しかし、そういった生活ではもはや俺に降伏したオークと人間達を食わしてやることができない。
エルフたちがこれまでと同じ生活を続ける以上、オークと人間達で農業を始めてもらわなければならないが、問題は山積みだった。
まず最大の問題は食料である。
土地、これはエルフと交渉し焼けた森の一部を使わせて貰うことにした。
農具、ひとつもない。
種、これもない。
農具と種を買う金もない。
そのあたりを解決したとしても、収穫できるまで食べる物がない。
そしておなじく食べ物を買う金もない。
アンデッド組以外は、食わなければ死んでしまう。
そこで街に来ることにしたのである。
金を得る算段は、ひとまずは森で見つけた薬草である。
最初、俺はよくある「冒険者業」的なものがないかと考えたのだが、話を聞いた者全員に「ぽかん」とされてしまった。
ロゼリ曰く。
「軍事力は支配力の源よ。軍事力を背景に安全を保証し、公平を実現するからみんな従うの。国が民を守らないなら、税が集まらないわ。」
ベロア曰く。
「村々の安全は我らが巡回してぬかりなく守っておりました。村にも自衛するだけの備えはあります。間に合わないときに善意で旅人が助けた、ということはありましたが、そうした者のための組織、おっしゃるような冒険者とかいうのは、私の狭い知識の範囲では存じ上げません。」
ゼル曰く。
「自分の身は自分で守るもんだろ? でなければ死ぬだけのことじゃないか。」
俺も何で脳筋オークにまで聞いたのか、後から考えてもよく分からないのだが、誰1人同意してくれなかった。
つまり、この世界に冒険者という、腕に覚えのある根無し草にやさしい組織はない。
この世に夢はないのだ。
とはいえ、物を売るのも簡単ではないらしい。
それはそうだ、これまでの商売が信用できる者からの仕入れで回せているのだから、あえて信用のない新しい者から買う理由はない、というわけだ。
「私の方で、相談には応じるだろう商人をピックアップしてみました。まずこの者達に話をしてみてください。」
助けてくれたのはベロアである。
さすがに責任ある立場にいただけあって、街の様々な情報を教えてくれた。
できることならベロアも街に連れてきたかったが、知り合いも多く、いま街に入れば捕らえられてしまうだろうと思われた。
俺とロゼリは、見た目は人間だとごまかしが効く。
俺たちはのんびりと街道を歩いて、街の城門に向かった。
『入門税 1人銅貨5枚』
城門の脇に札が立っていた。その脇に少女が立っていて、門を入る者に何か叫んでいた。
「どうか私に入門税をお恵みください!」
焦げ茶色の地味なケープを着ていて、ぼろぼろではないにしても、いかにも金がなさそうな黒髪の少女だ。山賊の者達や兵士達を見る限り、このあたりで黒い髪の者は珍しい。遠くから来た旅人かもしれない。
門に入っていく者たちは、その少女を全く無視していた。
「お恵みいただいた方にはもれなく神のお恵みがありますよ! 商売繁盛恋愛成就、あらゆる願いに霊験あらたかです!」
だいぶ現世利益推しの神様だ。
俺も昔は神社であれこれ無茶な願いをしたな。ひとつも叶わなかったけど。
昔を思い出していたら、少女と目が合った。
「そこのお兄さん!」
指さされた。これはやっかいなパターンだ。
「目が合いましたね! おめでとうございます、1『神の恵み』があるでしょう! どうですか、ここはひとつ銅貨5枚で5『神の恵み』を買いませんか!」
ロックオンされた。目の前まで歩いてきた。
「押し売りかよ。」
「違います、喜捨のお願いです。神に仕える私が商売などできません。」
「商売繁盛に利益あるなら大丈夫じゃないか?」
「商売繁盛って謳わないと誰も喜捨してくれないんです。」
「それは、謳っていいのか?」
「だめとは言われてないですよ? 我が神は愛を司るヴィーヌ神。愛があれば商売繁盛間違いなしですから、商売繁盛も我が神の管轄です。」
商売の神から苦情が来そうな拡大解釈だ。
俺はロゼリと顔を見合わせた。助けを求めた先からは、想定外の言葉が返ってきた。
「勇人さん、この子の言葉分かるの?」
「え?」
「このあたりの言葉じゃないわよ。」
「あー。」
忘れていた。異世界モノの定番、なぜか言葉が分かるやつ。
なるほど、城門に入っていく連中が彼女を無視していたのは、そもそも何を喋っているのか分からなかったからか。
「まぁ、銅貨5枚くらいあげたら?」
「ロゼリにも分かるのか?」
言葉が。
「分からないけど、あそこに立って叫んでたらたいていそれだと思うの。」
「正解。銅貨5枚って大丈夫なのか?」
手持ちは少ない。
「金貨でお金が必要なときに、銅貨5枚をしぶっても状況は変わらないわよ。それに、きっといいことあるわ。」
「そんなものかなぁ。まぁ商売繁盛のご利益があるようだし、いいか。」
俺は懐の財布から銅貨を5枚出し、少女に渡した。
少女は銅貨を受け取ると、さっと握りしめて自分の物にし、恭しく跪いた。
「ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」
「俺はユウト、連れがロゼリ。」
「ユウト様とロゼリ様に神のご加護がありますように。」
祈りを捧げるとすぐに立ち上がった。
「これでお二人は今後もラブラブ間違いなし! またのご喜捨お待ちしておりまーす!」
少女は意気揚々と城門へと走って入っていった。
「……ロゼリ、ヴィーヌ神って知ってる?」
「知らないわ。彼女の神様?」
「そうらしい。愛を司るらしいけど、商売繁盛も仕事のうちらしい。」
「ふうん。知らない言葉だったし、知らない神様がいるのは当然よね。」
ロゼリに気にする様子はない。
「この世界の神様ってどうなってるの?」
「このあたりでは世界の祖たる世界樹の女神とその一族の神を祀っていたわ。ベロアたちの埋葬手順を見た限り、変わってないはずよ。」
多神教的な感じだろうか。我が神以外は神にあらず、という雰囲気はないようだ。
「なるほどね。さて、俺たちも街に入ろうか。」
俺たちは城門をくぐるべく、歩き始めた。
俺たちは入門税を支払った。簡単に荷物を改められる。
「あんたら、物好きだな。」
門番の兵士が話しかけてきた。
「なにが?」
「さっきの子、もう5日もあそこで異国の言葉を叫んでたんだよ。カタコトでしか話通じないし、困ってたんだ。よし、荷物も禁制品はないようだ、入っていいぞ。次!」
兵士に促され、俺たちは城門をくぐった。
さて、まずは宿を確保することから始めよう。




