勝ち鬨
ロゼリは、森の中からそれを見ていた。
軍団長オドケアス。
(忘れるものか、その顔を。)
降伏を認めると言った時の楽しそうな顔も。
合意を破棄すると宣言した時の嬉しそうな顔も。
王都の民の皆殺しを命じた時の怒った顔も。
目の前で王都の民をいたぶった時のせつなそうな顔も。
ロゼリは一瞬たりとも忘れていなかった。
その男が、そこにいる。
<無窮の鎖>は、ロゼリが今飛び出せば不利になることを教えてくれている。メリットなどない、と。
(しかし。だがしかし。)
あの顔を見て自分を抑えることなどできるはずがなかった。
<飛行><ウィンドブースト>
剣を抜き、ロゼリは飛んだ。あの男が魔族の女の腹に手を入れて何かをしようとしている。どうせいいことをしているはずがない。
ロゼリは一瞬で距離を詰め、オドケアスの腕を斬った。オドケアスの、女の首を持っていた左手、腹に突っ込んでいた右手、両手を一息に切断した。
「おぉ、君は!」
オドケアスが声を上げた。実に嬉しそうな表情だった。
「レクノード王国のかわいそうなお姫様じゃないか。また会えるなんてうれしいよ!」
ロゼリは無言で剣を振るった。オドケアスは、2撃目以降のロゼリの攻撃を難なく避けている。
「ひさしぶりだね。元気にしていたかい? もう泣いてないかい?」
オドケアスが話しかけてくるが、ロゼリは答える気もない。
「無視されるなんて悲しいなぁ。あのときはあんなに愛し合ったじゃないか。」
「誰が!」
ロゼリの心の蓋が吹っ飛んだ。
「いつ! 愛し合ったかぁぁ!!」
怒りで剣が大振りになった。オドケアスはその剣の腹を肘と膝で挟み、止めた。
「ふふ、意外と直情的なとこ、僕は好きだよ。」
オドケアスは余裕の笑みを浮かべている。オドケアスにとめられた剣は、押すことも引くこともできないほどしっかりと力が加えられていた。
「このまま君と楽しみたいところだけど、もう仕事も終わったし、この分身体に預けた魔力も切れるし、僕は帰るよ。セリスフェル。」
オドケアスが呼ぶと、空中でだらんと浮かんでいたセリスフェルが、顔を上げた。
「こいつらを全力で皆殺しにしてから、僕のところに戻っておいで。任せたよ。」
オドケアスの全身が光の粒子になって消えていく。
「またね。かわいい姫様。」
最後の台詞できっちりロゼリを挑発している。ロゼリの剣が何もなくなった空を切った。
「はい。オドケアス様。」
そのロゼリの背後で、セリスフェルの体が光に包まれた。
俺は、セリスフェルの様子を見ていた。
ロゼリがオドケアスの手を切り落としてから、空中に浮遊したまま、血が流れている腹部もそのままに、だらりと浮かんでいる。
意志をなくしたようだった。自我をなくしたあの山賊の首領のアンデッドのように。
「こいつらを全力で皆殺しにしてから、僕のところに戻っておいで。」
オドケアスが命令を下した。
「はい。オドケアス様。」
先ほどのような、忌み嫌うそぶりではない。感情を感じさせない平板な声だ。
セリスフェルの体が光を放った。
発光する体が、大きく膨れ上がっていく。ロゼリが大きく距離を取った。
首と尾が長く太くなっていく。
大きな翼が広がった。
形を見るだけで分かる。
それは、神話の時代から名を轟かせ、多くのノベル、漫画、ゲームで強大な力を持つとされるモンスターの王者だ。
光が次第に収まり、蒼白輝く鱗があらわになった。瞳は紅蓮だが、どこかぼうっとしていた。
ドラゴンとなったセリスフェルが、口を開けた。喉の奥に、光が集まっている。
(定番のやつね!)
すかさず俺は射線から逃れた。
ドラゴンブレスが森をなぎ払った。ブレスを受けた森は一瞬で炭化し、火がついて、木々が燃え始めた。
俺はちらりと自分の剣をみた。まだヘビーソードの効果が残っている。
セリスフェルが次のブレスをはこうとしていた。
俺はセリスフェルの懐に飛び込んで、下顎を切り上げた。ヘビーソードが効果を発揮したが、顎はびくともしない。
<エアリアルブロウ・4重>
風魔法で衝撃を追加しても、同じだった。第2射が再び森を焼き払った。セリスフェルはすぐに第3射の用意を始めている。
『俺を使え!』
どこからか声がした。俺はとっさに<不死王の凱歌>を発動させた。
アンデッド創成。
俺の目の前に半透明の大きな男の背中が現われた。男は拳を握ると、セリスフェルのあごにアッパーカットを見舞った。
セリスフェルの首が跳ね上がり、ドラゴンブレスが空の上に流れていった。
「よう、ユウト。」
半透明なその男は、オークの族長であったゼルだった。
「お前、なぜ……?」
「お前が言ったんだろうが、生も死も等価だとよ。だから死んだ上で誓い通り従う心づもりしてたら、呼んでくんねぇんだもん。でしゃばっちまったぜ。」
ゼルは笑っている。
「……面白いこというオークだな。」
「はっはっは!」
「勇人さん!」
ロゼリがすぐそばまで飛んできた。
「軍師、作戦!」
「え!? ええ、ええと……。さっきあの男が捨てた短剣を拾って使っては!?」
ロゼリがとっさに思いついた作戦を口にした。
なるほど。ありかもしれない。すくなくともあの短剣は、セリスフェルの鱗を貫いていたのだ。
「それ、採用。ゼル、しばらくここを頼む。」
「任せろ。」
ゼルがたのもしく拳を打ち合わせた。
俺はゼルに背中を任せて、さきほどオドケアスが短剣を投げ捨てたあたりに向かった。
短剣は、魔力探知のスキルを使うと、すぐに見つけることができた。短剣は木の枝に引っかかっていた。
俺はそれを手に取った。
一目見るだけで、恐ろしいほどの魔力が込められているのが分かった。
俺は短剣を手に、空での戦いに復帰した。
空の上では、ゼルとロゼリが必死にセリスフェルを防いでいる。
半透明の霊体であるゼルだが、セリスフェルの打撃は受けるらしい。しっぽに打たれ、角に突き上げられ、ダメージを受けている。
一方、ゼルが拳で殴ると、セリスフェルも必ず一瞬ノックバックする。
ロゼリも、要所要所で大きな氷の塊を当てることで動きの起点を潰していた。
2人の攻撃のためにセリスフェルは攻撃のリズムが取れず、戸惑っているようだった。
「待たせたな!」
「おう。」
俺の到着を確認して、ゼルは大きく腰を落として、セリスフェルの胴体を殴った。セリスフェルの体が横にぶれて、俺を捉えようとしていたしっぽでの攻撃がそれた。
俺は転移し、セリスフェルの首の背中側にとりついた。短剣を逆手で握って大きく振りかぶり、首に突き立てる。
刃が鱗を割り、根元までしっかりと刺さった。
セリスフェルがのたうつ。
<ライトエッジ・十重>
俺は、魔力を短剣の切っ先へと送り、そこで魔法を発動させた。光の刃が鱗の下の肉を切り裂いた。
<ライトエッジ・十重>
もう一度。
今度は鱗も割れ、セリスフェルの首が両断された。
仕留めた。
俺は確信したが、セリスフェルの胴体がなおも暴れ、俺は空中に放り出された。
胴体側の首の切断面にドラゴンブレスの光が集まっている。
(まじで?)
それで撃てるのかよ。
「おらぁ!」
ゼルが首を殴り、射線をそらした。これまでよりも細く吐かれたブレスが、遠くの山を切った。
セリスフェルの胴体は首としっぽをむやみに振っている。
俺はもう一度短剣を構え、懐に飛び込んで、胴体の中心に突き刺した。切断系ではだめだ。それなら。
<氷棺・十重>
体内から直接冷やされ、胴体の動きが鈍くなっていく。もう俺を振りほどくほどの動きはできない。
俺はそのまま胴体を氷漬けにした。氷に包まれた胴体が地面へと落ちていく。
頭の方が暴れていないか、と俺は頭が落ちていった方を見たが、頭の方は動いていないようだ。
「……勝ったぞ。」
俺は呟いた。
俺は俺の仇を取ったのだ。
ゼルが背中を軽く叩いてきて、俺は少し吹き飛ばされた。打撃に強制ノックバック効果が付与されているようだ。
「ユウト。族長たる者、勝ったときは盛大に盛り上がって誇るものだぞ。そんな調子では、お前に従った者はどうしたらいいか困ってしまうだろう。」
「そ、そんなものか。」
「そうだとも。で、ニホンコクに勝鬨のときの作法はあるか?」
「あー。たしか、ある。」
俺は大河ドラマで見たことのある奴をゼルにレクチャーした。
「なるほど。ではやってくれ。」
あれをやるのか。俺は緊張しながら、拡声の魔法をかけ、剣を天に突き上げた。
「えい、えい。」
「おぉぉ!」
ゼルの大音声だけが響いた。ゼルがもっかい、と手であおってくる。
「えい、えい。」
『おぉぉぉおおお!!』
森の中から、ぱらぱらとオーク達からの雄叫びが響いた。
ゼルから、もいっちょ、があった。俺も少し楽しくなってきた。
「えい! えい!」
『おおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!』
雄叫びが森中に轟いた。




