勇人の戦い
俺は、横で待機しているシェーラに頷いて見せた。
襲いかかるぞ、というサインだ。
人間達の本隊は、あたりに襲ってくるものなどいないと思い込んでいるのだろう、すっかり油断していた。見張りも隣の同僚と顔を向かい合わせておしゃべりをしている、そんな状況である。
俺は木の陰から飛び出して、見張りに向かって駆けていった。シェーラや、オークの戦士達が後に続く。
抜剣。
見張りがようやく俺たちに気づいた。すでに残りの距離は10メートルもない。
「てっ!!」
敵襲、といおうとしたのかもしれない。俺は見張りの兵士の頭をたたき割った。
オーク達が野営地になだれ込んでいく。
「かかれ!!」
俺が命令すると、オーク達が一斉に吠えた。ビリビリするほどの鬨の声だ。
悲鳴が上り、続いて断末魔が響いた。
俺は逃げ惑う兵士は無視して、指揮官の姿を探した。場所のあたりはついていた。こういうとき指揮官は野営地の真ん中、一番大きいテントにいるものだ。
野営地の中は早くも混乱している。
全く警戒していなかったところに、なぜかオークが襲いかかってくるのだ。それも少数ではなく、100人もの大集団だ。
多くの兵士が逃げることを選択した。何人かの兵士が抗って戦おうとしても、多勢に無勢、すぐにオークに切り伏せられてしまう。それを見て他の兵士が逃げ出していく。
目当てのテントが見えた。
そのテントの前にまだ統制を失っていない兵の一団がいた。剣と盾を持って周囲を警戒していた。
この状況で戦意を失わない。
つまり、そこに指揮官がいてしっかり兵士を掌握しているのだ。
<身体強化>
俺は強化魔法をかけて、その中に正面から乗り込んだ。
「アンデッド!?」
俺の姿を見て兵士に動揺がひろがる。本当にこの外観は奇襲に役立つ。
兵士は俺の剣撃をかろうじて受け止めた。
俺は剣で兵士の剣を上から押さえ込み、同時に左のハイキックで頭を蹴った。
衝撃で兵士が気を失い、倒れた。
(剣と格闘の組み合わせ、相性いいなぁ。)
今後も活用していこう。
「族長に続けぇー!」
駆けつけてきたオーク達が兵士に襲いかかった。
兵士達はもう俺だけに構っているわけにはいかない。それぞれ目の前に現れたオークと戦闘を繰り広げていく。
ここでの戦いはほぼ互角。
この状況で持ちこたえるとは、さすがは指揮官を固める兵士というところだろうか。
俺は戦いをすり抜けて、テントの中に入った。
中には指揮官がいた。俺を見てかすかに眉が動いたが、平静を保っている。
「お前がここで一番偉い奴だな?」
俺が聞いたのはあくまで確認のためだ。
「そうだとも。百人長ベロア=ルークだ。貴君は?」
「ユウト=アマノ。ご覧の通りのアンデッドさ。」
「そうか。それで?」
「降伏しろ。そうすれば命は保証しよう。」
「ふむ、朝食がまだなんだ。食べてからでいいかな?」
ベロアは目の前におかれているパンとスープを指さした。
「申し訳ないが、朝食が冷める前に答えを。」
「それは残念だ!」
ベロアは手に持っていた剣を俺に向かって投げてきた。俺はその剣を難なく剣で払ったが、ベロアは身を翻してテントの裏口から外に出ようとしていた。
俺は急いで追いかける。
ベロアが外に出た。
「閣下ー! お目当てが出ましたぁー!!」
ベロアは外に出た瞬間に大声で叫んだ。
俺もベロアの後を追って外に出た。ベロアは逃げるよりも叫ぶ方に集中している。
「アンデッドですー!」
俺はベロアに追いつき、後頭部を殴った。
ベロアは顔面から地面に倒れ込んだ。俺は倒れたベロアの襟首をつかんで引き起こした。
「降参! 降伏する!」
ベロアが宣言した。
俺は手を離した。
「わかった。ならお前は捕虜だ。」
「やむを得まい。抵抗しないことを約束しよう。」
ベロアが起き上がり、手で顔についた土を拭った。
「それで、さっき叫んだのは何なんだ?」
「何、我々の負けは決まったようだから、嫌がらせをしたかったのさ。」
「嫌がらせ、ね。とりあえず、部下達に無駄な抵抗をやめるよう言ってやってくれないか。死人が増えるだけだろう?」
「いや、まぁ、それには及ばないだろう。」
俺はいぶかしんだ。
部下がどうなろうと知らない、とでも言うつもりなのだろうか。
「なぜだ?」
「うん。まぁ、なんだ。閣下は、我々人間種よりだいぶ聴力が優れておられる。街の端から反対側で広げられている世間話をきっちり聞き取るほどのお方だ。距離的には、問題なく届いたはずだ。つまり。」
俺の<危険察知>スキルが警報を鳴らした。
何かが来る。
上だ。空から。
「私を捕らえても、戦いは終わらないんだよ。」
視線を上げた俺の目に、一直線に俺めがけて飛んでくる人影が見えた。
速い。
一瞬ですぐそこまで来ている。
<集中強化>
とっさに魔法をかけた。
人影は、空中で体を回転させ、かかと落としをしてきた。
俺はそれを剣で防ぐ。
鋭い金属音が響いた。
重い一撃だった。全身の力で耐える。足が地面にめり込んだ。
人影がぱっと跳ねて、距離を取った。
「お前は……!」
俺は目を見開いて、そいつを見た。
見覚えがあるどころではない。俺の記憶ではほんの1ヶ月と少し前のことだ。
頭部の左右についたねじれた角。炎のように鮮やかなオレンジ色の頭髪。少女にしか見えない、小柄な体。
俺を殺した魔族に間違いなかった。
その魔族は、俺の言葉にきょとんとした顔をした。
「私を知ってるの?」
「……知ってるも何も、俺はお前に殺されたんだよ。」
「あぁ、そうなの。ごめんね、いちいち覚えていらんないんだ。どこのどなた?」
魔族は全く俺を警戒した様子がない。しかし俺は、うかつに動けない気配を感じていた。
「レクノード王国に召喚されてお前に殺された勇者だよ。覚えてないかもしれないけどな。」
俺は自嘲気味に答えた。普通っぽいと言われたことは忘れていない。
「あの、すごく普通っぽかった勇者?」
「ほっとけ。」
また言われた。
「へぇー。」
魔族は上から下までじっくりと俺を観察した。
そして、腰を落として拳を構えた。
「今はもう、普通っぽくないね。」
その言葉に俺は動揺した。
普通。平均的。凡人。そんな評価ばかり受けてきた俺にとって、その評価はなんともいえない心を震わせる響きがあった。
「ま、骸骨だからな。」
俺は軽く返して、警戒を一段階上げた。
「ふふ。中身の話だよ。」
そう言って、魔族は地面を蹴った。姿が消えた。
俺は危険察知スキルだけを頼りに剣を右に振った。剣がそこにいた魔族の左拳を横から叩き、攻撃をそらした。
魔族は攻撃がよけられたのを見て、軽やかに一歩ステップバックする。刃で腕をはじかれたのに、怪我をした様子はない。
「ほら、ね。誇っていいよ。私の一撃を防ぐなんて、なかなかできないんだから。」
「それはどうも。」
俺は内心で冷や汗を流していた。
集中強化をかけているのに動きが見えなかった。避けることができたのは、危険察知があるとはいえ、ほとんど運だ。
接近戦は危ない。
「じゃ、魔法はどうかな?」
魔族の広げた手のひらの上に、魔力が集まり、黄色い炎が渦巻く。
俺は炎の色は温度が上がるほど明るくなる、と何かで聞いたことがあった。赤が最も低く、黄色、白、青と温度が高くなっていくという。
俺が使える魔法では火は赤い。
黄色はやばい。
<フレイムバレット>
火の玉が俺めがけて飛んでくる。
<大水球>
俺は火の玉に水の球をぶつけた。水が超高温で熱せられ、水蒸気に変わり、爆発を起こした。
高温の水蒸気が霧となって周囲を包む中、俺は飛行魔法を発動させ、上空に飛び上がった。
地上で戦うと、余波だけでオーク達が壊滅しかねない。
上空の俺めがけて、地上から火の鳥が飛んできた。やはり黄色い、超高温の不死鳥だ。
「大魔王じゃあるまいし!」
俺は毒づいてから、防ぐ手立てを講じた。
<エアリアルエッジ・トリプル><テンペストバレット>
(なんちゃって海波斬!)
剣を振ると共に発生させた風の刃が火の鳥を切り裂き、その後吹き荒れる暴風が炎を散らした。
ここまで魔法を重ねると消費が激しい。何度も使うのはよした方がいいだろうと思った。
息をつく間もなく、魔族が飛び上がって、俺に迫ってきた。その手には兵士達が持っていたのと同じ剣。魔法付与はされていないようだった。
やられてばかりではない。
<アイスランス・ダブル>
俺は二本の氷の槍を作り出し、魔族に放った。その上で、剣を構えて魔族に迫る。
<ヘビーソード>
剣に付与を一つ。
魔族が氷の槍を難なく回避した。
剣と剣が打ち合わされ、俺の剣が魔族の剣を砕いた。
剣はそのまま魔族の鎖骨当たりに打ち下ろされたが、全く斬れない。
恐ろしく硬いものを叩いたような感触だけが俺の腕に返ってきた。
魔族が身を回転させ、右足で蹴ってきた。
俺はよけずに防御して、勢いに逆らわず後退した。
「なかなかやるじゃん。」
褒められてはいるが、俺はこの魔族にどうすれば勝てるか、アイデアがなかった。
レベルが違う。
そうかといって、逃げれば下で戦っているオーク達がどうなるかわからない。
ロゼリとブレイがこっちに来れるまで、持ちこたえるしかない。
俺は持久戦を心に決めた。




