ごきげんよう
エルフたちは、丘陵から突き出した丘の一つに急ごしらえの防御施設を作っていた。
土をほり、伐り倒した木の葉だけを払って逆茂木を並べ、柵を立てた。老若男女関係なく動ける者全員でとりかかり、ケログ率いる軍勢がくるころまでには、まがりなりにも野戦陣地と呼べる程度のものができあがっていた。
「お呼びですか、最長老様。」
レイフは、最長老に呼ばれ、長老たちが使っているテントに入った。
「忙しいところすまんな、レイフ。」
中には最長老1人しかいない。この戦いに負ければ里は滅ぶ。動ける者全員で守っていかねばならないとして、最長老以外の長老達も前線に立っている。
「構いません。今、人間達も陣形を整えているところですから。」
レイフの言葉に最長老は頷いた。
「ルルフはどうしている?」
「寝ています。無理をしすぎたのでしょう。」
防備を整えることができたのは、ルルフの力によるところが大きい。
柵を作るために、木の曲がりを取る、ロープになる蔓を伸ばすなど、ルルフのスキルが非常に役に立った。木製だが矢も槍も増やすことができた。
スキルを使用するにも魔力を使う。騎兵隊と戦った後にそれだけの仕事をすれば、魔力がほぼ枯渇して、倒れてしまうのは当たり前だった。
ルルフは昨夜から眠り続け、昼になってもまだ目を覚ます気配がない。
「そうか、ルルフがいなければ昨日の時点で危なかったであろうな。ありがたいことだ。」
「……最長老様は、彼らを知っているのですか。」
レイフは、ここ数日感じていた疑問をついに口にした。
「200年前に、レクノード王国という国があったことは知っておるな?」
「はい。」
「その王国の最後の王女の名が、ロゼリ=エルムライトと言った。わしが表敬の使者として王都に行った際に会ったことがある。ルルフにスキルを授けたのは、ロゼリ殿の祈りだろう、違うかな?」
「その通りです。」
「そうよのう。巫女の祈りなしにスキルが授与されるなど聞いたこともない。それで、この後はどうするのかわしにも教えてくれんだろうか。聞いておるだろう、おぬし。」
最長老は分かっていたのだ。レイフは納得がいった。
「わかりました。」
レイフは、最長老にロゼリから伝えられた作戦の概要を伝えたのち、外に出た。
陣地の中で最も中心に当たるここには、幼少の者など、さすがに前線には出せない者だけが残っている。そうした者達も、食事の用意など、身の回りの世話を任され、ひっきりなしに動いていた。
陣地のあちこちで炊煙が上がっている。
しかしこれは、食事ではない。大量の湯を煮えたぎらせているのだ。湯をかける、というのは登ってくる相手に対してかなり有効な防御になる。
「すすめー!」
遠くで、人間が叫ぶ声がした。いよいよ攻め始めたのだ。
レイフは持ち場に急いだ。
援軍が来るまで、守り切らなければならない。
歩兵達が陣地めがけて斜面を登っていく。
簡単に登れるような斜面ではない。
角度が急なうえ、逆茂木もある。服にひっかかる枝を外し、ときには折り、伐るなどして乗り越えていかなければならないのだ。
ケログは、騎兵も馬から下りさせて攻撃に参加させていた。相手が陣地にこもって戦う以上、馬の機動力は役に立たない。
魔法兵10名は、まだ後方で備えさせていた。
魔法兵は貴重だ。魔法を習得する才能がある者を何年にもわたって訓練してようやく一人前になる。
いたずらに失うことは許されない。エルフの弓兵相手に下手に前に出すわけにはいかないと思っていた。前に出すのは弓矢が尽きてからでいい。
エルフたちの抵抗は激しかった。
歩兵の装備は剣と盾という一般的な装備だ。斜面を登り切って柵をどうにかするまではほとんどこちらからの攻撃はできない。
エルフたちは兵力が5分の1とはいえ、よく守っていた。
特に弓兵である戦士団の働きが際立っている。
逆茂木を超えて登る兵の目が射抜かれ、動きが止まったところに石が落とされ、ひっくり返って斜面を転がり落ちていく。兵士は登ってくる味方の兵を巻き込んで落ちていくため、巻き込まれた兵はまた下から登り直さなければならない。
「くそ、こっちにも弓兵が欲しいぞ。」
今回の遠征隊に弓兵は組み込まれていなかった。
必要ない、との上の判断である。
そもそも上の方では、こんな大規模な戦いに進展することは想定していなかった。かりにエルフが一戦交えてくるとしても、騎兵と魔法兵で十分対応できる、と見込んでいたのである。
それがいまや騎兵は半壊し、エルフは丘陵に陣を敷いて攻城戦をせざるをえないという状況である。
エルフたちは反撃を気にすることなく攻撃することができ、思う存分に防戦している。
ケログは、何度か攻め登っては跳ね返されるのを見て、援護なしで歩兵が防柵を突破するのは困難だろうと結論づけた。
「魔法兵に歩兵の援護をさせろ。なんとしても突破するんだ。」
ケログはついに命令を下した。
10人の魔法兵が前進し、斜面にとりついている歩兵の後ろから魔法を放った。
<ストーンバレット>
魔法兵の手近に転がっていた拳大の石がふわりと浮き上がり、矢のようにエルフの陣地めがけて飛んでいった。
半分ほどは木の柵に当たってしまったものの、残りの半分が柵の隙間をすり抜けた。
下に石を投げこもうとしていた若いエルフに直撃し、昏倒させた。ほかの石も、肩や頭部にあたってエルフたちをひるませている。
応酬は矢だ。
魔法兵めがけて矢が射掛けられるが、魔法兵を守るために配置した歩兵の盾がこれを防いだ。
<ストーンバレット>
再度、石弾が撃ちだされ、何人かをしたたかに打ち叩いた。
魔法兵の攻撃を受けている部分の防御が乱れた。
その隙を突いて、歩兵達が斜面を登っていく。
魔法兵の1人が肩に矢を受けた。しかし戦列を離脱するほどではない。
さらに数回石弾を放り込んだ頃には、歩兵の先頭がついに柵の手前にまで登り切った。
<大水球><アイスメイク><アイスバレット>
魔法兵たちが協力して一つの大きな氷の球を作り、防柵めがけて放った。
防柵は氷の球を受け止めきることができず、柵が内側に倒れた。
「近くの兵をあの場所に集中させろ!」
ケログの指示が飛んだ。
あちこちを攻めていた歩兵達が、防柵の倒れたその一点めざして集中していった。
エルフたちは槍で歩兵を牽制し防ごうとするが、歩兵の盾と人数に押されていく。そこに魔法兵の石弾が攻撃を加え、エルフの統制を乱していく。
歩兵がエルフの防衛線を押し込んでいき、ついに防柵の内側に足を踏み入れた。
(いける。)
中に入ってしまえば、人数差と白兵戦能力で人間の方が強い。とりあえず槍を持って出たてきたエルフと、訓練された歩兵では、歩兵の方が強いのだ。
ケログは勝利に手をかけたことを確信した。
その時である。
防柵の内側に踏み込んだ兵が、空へと打ち上げられた。
ブレイとロゼリは、防柵に踏み込んだ兵士の眼前に飛び込んだ。
ブレイのスキルである。
上空で戦いの進行を見ていた2人は、歩兵が防柵の内側に踏み込んだのを見て、その眼前に転移したのだ。
<エアリアルブロウ>
ロゼリが魔法を行使し、歩兵3人を風圧で吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた兵士は、斜面の逆茂木に頭から突っ込み、斜面を転げ落ちていった。
エルフたちも歩兵達も、2人の闖入者に驚いて動きを止めた。
ブレイは全身鎧。槍を持って、悠然と立っている。
ロゼリは胸甲。こちらの得物は剣だ。
歩兵達は、2人がエルフではなく人間であるのを見て、攻撃して良いものか決めかねていた。
「お前たちは、一体?」
歩兵の1人が、間の抜けた問いかけをした。
「ごきげんよう、みなさま。」
ロゼリが優雅に挨拶をした。
「今日は、とても良い天気ですわね。こんな日に死ねるなんて、わたくしは皆様がとてもとても羨ましいですわ。」
ロゼリは場違いなほどに爽やかな微笑みを浮かべている。
「え……えっと……。」
歩兵達がどうしよう、と顔を見合わせた。
戦場にいるはずなのに、お茶会の空気を持ち込まれた。そんな戸惑いだ。
「遠回り過ぎて伝わらなかったかしら。仕様がないですね、直截的なのは好きではないのですけど……。」
ロゼリは下唇に指を当てて可愛い子ぶってみせてから、表情を切り替えた。
歩兵達の背筋を寒いものが走った。
「皆殺しよ。」
ブレイが槍を振るった。
一息で何度突いたのか、視認できた歩兵はいなかった。一撃で急所を突かれた歩兵が5人、その場に崩れ落ちた。
ブレイは、倒された柵の間から猛然と打って出て行った。歩兵達の断末魔が立て続けに響いた。
残ったロゼリは、背中でエルフたちの訝しげな視線を受け止めていた。
「ロゼリ殿!」
レイフが駆けつけてきた。
「レイフさん。遅くなりましてごめんなさい。」
「いえ。助太刀、感謝します。」
レイフの言葉で、ようやく周りがほっとしたような顔をした。
「柵、直しておいてくださいね。外は、私たちにお任せください。」
ロゼリはそう言い残して、飛行の魔法を発動させ、陣地から出ていった。




