050 前半
学校の正門を出ると、そこは桜並木になっている。
と言っても、すでに桜は散っていて、今や葉桜が鬱蒼としているだけのただの並木道だ。
そんな通い慣れたいつもの道を、今日は白川と一緒に歩く。
自転車を挟んで。
並んで。
二人で。
以前のように、二人乗りで家まで送ることも出来たのだが、白川の提案により、なぜか徒歩で帰ることになった。
そこにどんな意図があるかなんて理解できるはずもなく、俺達はこうして、トボトボと舗装されたアスファルトを歩いているのだった。
「映画を観ましょう」
「はい?」
いくら何でも、白川のその発言は脈絡が無さ過ぎた。
俺は反応に困りながら白川の方を見ると、彼女は何事も無かったように、平素と変わらない表情をしていた。
「黒谷さんから訊いたのだけど、クイズ会場の交渉はうまくいったみたいね」
「ああーーーーーまあな」
うーん。
さっきの映画の話はどこへ行ったのだろう。
もしかして、幻聴だったのだろうか。
俺の足りない頭が余計に混乱する。
「天文部にも交渉へ行ったみたいだけど、そっちの成果はどうだったのかしら?」
「ああ、それも問題ない。櫻井先輩も了承してくれたよ」
「そう」
他愛もない話、というより、経過報告的な会話だった。
時間外まで文化祭の話とは、ご苦労なことだ。
木々の隙間から差す西日に顔をしかめていると、白川は「うん、そうね」と一人で納得したように言った。
「だから灰倉くん、私と映画を観ましょう」
「いや、全然わからないんだけど」
やはり幻聴などでは無かった。
しっかりと白川は言っていた。
映画を観ましょう、と。
「三年生の出し物で自主制作映画をやるという話は知っているわよね?」
「え?ああ、そういえばそうらしいな」
「それを文化祭当日に観に行こうという話よ」
白川は表情一つ変えず淡々と話す。
三年三組の自主制作映画。
どんな内容かは知らないが、こういうのは得てして内輪ノリの多い作品になりがちだ。
クオリティなどたかが知れているが、白川がそういった物に興味を示しているのは意外だった。
辛口コメンテーターよろしく、辛辣な評価を下しそうなのがちょっと怖い気もするが。
それよりも。
「えっと、それってもしかして、文化祭当日はお前と一緒に行動するってことになるのか……?」
「まあ、そうなるわね」
白川の返答に、思わず無言になってしまった。
……一体これはどういう展開だ?
なんで一緒に文化祭を回る流れになってるんだ?
これじゃあまるで、イケてる高校生みたいじゃないか……!
なんだこれ。
もしかして、これが青春というやつなのか……!?
「何?何か不満でもあるのかしら?」
「え、いや、別に……」
「勘違いしないでよね。あなたのことなんて、なんとも思ってないんだからねー」
思いっきり棒読みだった。
お前の感情どこいったんやねん、という感じだった。
「なぜいきなりツンデレ風に……」
「こうした方が、雰囲気が出ると思って」
「何の雰囲気!?」
「何って、甘酸っぱい青春に決まっているじゃない」
え。
それってもしかして、こいつ、俺のことーーーーー
「まあ、本当のことを言えば、いくら文化祭だからといって、監視者として、あなたを野放しにしてはおけないからだけどね」
「………」
ですよね。
まあそんなことだろうと思ったよ。
とはいえ、心のどこかで、がっかりしている自分がいるような、いないような……。
いや、違うんだ、これは……。
あー、マジ慚死。
「それに、霧野さんも一緒に回る予定だから、あなたもいたほうが好都合なのよ」
「え?なんで?」
「霧野さんと二人だと、会話が持たないからよ」
「………」
それはそれで訊きたくなかったカミングアウトだった。
「いや、会話が持たないって……。じゃあ、なんで一緒に回ることになってるんだよ」
「仕方ないじゃない。会話の流れでそうなってしまったのだから。つべこべ言わずに協力しなさい」
「……あー、はいはい。わかりましたよ」
「はいは三百回よ、灰倉くん」
「さっきより増えてるじゃねえか!」
全く。
俺の喉を潰す気なのか、こいつは。
にしても。
どうやら白川は霧野さんとそれほど親しい間柄ではないらしい。
鈴木から訊いた話も、あながち間違いではなかったようだ。
ーーーーー『白川に関わると、みんな不幸になる』。
馬鹿げた噂話。
荒唐無稽なおまじない。
白川自身は、そのことを知っているのだろうか。
まあ、それを知っていたかどうかを訊いたところで、何かが変わるわけでもないのだろうけど。
今の白川は、昔の白川とは違う。
変わろうと努力する今の彼女に、過去のトラウマを呼び起こすような話題をわざわざ振る必要もないだろう。
「……雨の匂いがするわね」
「ん?そうか?俺には全然わからないけど」
空を見渡すと、薄い雲がちらほらとあるだけで、今にも降り出しそうな雨雲は見当たらなかった。




