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049

 教室へ戻ると、クラスメイトたちはすでに下校した後だった。

 作業途中の残骸が、そこかしこに散らばっている。


 あーあ。これじゃあ、明日の朝邪魔になるだろうが……。


 そして、せっせと一人で片付けを始める。

 使いっぱなしの備品をまとめ、内装や看板を端に寄せ、散らばったダンボールや紙のゴミを掃除した。


 ーーーーーまあ、こんなもんでいいだろう。

 ひと段落すると、俺は大きく息をついた。


 片付けをしながらセクションごとの進捗を確認したが、あまり思わしくない。

 特に内装。


 文化祭は六月だし、ウエディング風にしよう!という、お調子者の提案により、内装組がせかせかと作っているが、完成の目処めどが全然立たない。

 変に理想を高く設定しているから、完成するまでに時間がかかっているようだ。

 それに、お調子者は軽音部でバンドの練習があると言う。


 何だそれ。

 結果、内装組が遅れに遅れているのである。


 これも明日、黒谷に相談だな。


「掃除、終わったのかしら」

「うあああっ!」


 いきなりの冷たい声に本気で驚いてしまった。

 声の方に目をやると、教室の入り口付近に寄りかかる白川の姿があった。


「……ふ、ふふふ」


 白川は持っていたクリアファイルで顔を隠し、笑っている。

 くっ……。滅茶苦茶恥ずかしい。


「何笑ってんだよ……」

「いえ、だって……ふふふ」

「いや、本当笑い過ぎだろ……」


 流石にそこまで笑われると、恥ずかしさを通り過ぎて、俺まで笑いそうになる。


「だって、不真面目なあなたがみんなの後片付けをして、掃除をして、それだけでもシュールな光景だと言うのに、挙句、みっともない声をあげて驚くのだから、笑うに決まっているじゃない」


 白川はようやく落ち着いたのか、クリアファイルを顔から外し、微笑を浮かべながら歩き出した。


「……見てたんなら手伝えよ」

「嫌よ。私も実行委員の作業で疲れたもの」

「あっそ」


 相変わらずの傍若無人さに安心するわ。

 ーーーーー?

 いや、安心してどうする。


「……お前も今帰りか?」

「そうよ」


 そう返事をしながら、白川は窓側の一番後ろの席へ座った。

 その間、俺も箒と塵取りを用具入れにしまい、自分の席へ窓を背に横向きに座る。


「お前、今日どこにいたんだよ。校舎を探してもいなかったみたいだし」

「あら。そんなに私に会いたかったの?」

「そうじゃねえよ。お前に用があっただけだよ」

「ふうん。まあ、いいけど。さっきも言ったように、実行委員の仕事で外にいたのよ。これから梅雨に入るから、その前に入口の大看板を作っておきたいんですって」


 そんなの、毎年使い回しでいいのに、と白川はボソッと呟いた。


「ああ、だからいなかったのか。そりゃ大変だったな」

「で。あなたの用は何だったのかしら?」


 白川は机に片肘をつき、頰に手を添えているせいか、柔らかく微笑んでいるようにも見えた。


「あ、いや、別に大したことではないんだけど、さっき、黒谷に会わなかったか?」

「黒谷さん?会ってないわね」

「本当か!」


 良かった。

 これで黒谷に誤解されることはーーーーー


「そういえば、先ほど買い出しの日のことについて、黒谷さんが私に質問してきたのだけど、それと何か関係あるのかしら?」

「………」


 しっかり会ってるじゃん。

 白々しいとぼけ方だった。


「……会ってたなら最初からそう言えよ」

「質問にそのまま答えてもつまらないじゃない。ちょっとしたアイドリングジョークよ」


 本ネタに入る前の軽い冗談だとでもいうのだろうか。

 というか、一般的に浸透してねえよ、そんな言葉。


「いや、お前ジョークっていうかそれ、普通に嘘ついただけじゃん」

「私、嘘をついたことなんて、これまでに一度もないわ」


 嘘も甚だしかった。


「数秒前に嘘をついた奴が言う台詞じゃねえな」

「ふふ」


 ーーーーーと、彼女は笑った。


「何だか、こうしていると、眼鏡を壊した日のことを思い出すわね」

「そうか?」

「主に第五部分の003辺りの流れを踏襲とうしゅうしている気がするわ」

「いや、だからそういうことを言うんじゃねえ!」


 思い出があまりにも具体的すぎる。


「人がせっかく振り返りやすいようにタイトル名で教えてあげたのに」

「俺は別に思い出をタイトル名で管理なんかしてないんだよ」

「だって、童貞は美少女とのやり取りを一生の宝物のように脳内フォルダに保管して、その嬉しさを日記にポエムとして残しているんでしょう?」

「相変わらず童貞への偏見がすごいな!」


 まあ確かに、それを実際にやっていそうな奴に心当たりはあるが。

 そんな奴はとりあえず捨ておこう。


 教室に差し込む斜陽、海から運ばれてくる潮風、穏やかに揺れる黒髪。


 後ろの席の、物静かな優等生。

 緩く二つに分けて結ばれた髪に、分厚いレンズの入った眼鏡をかけた女子生徒。


 それは、彼女の壮絶な過去の裏返し。


 ーーーーー見えているものが真実とは限らない。


「ねえ。今日は送ってくれないのかしら?」

「は?」


 唐突な言葉に反応が遅れた。


「時間も遅いし、か弱い女の子を一人で下校させるというのも、男としてどうなのかしらね」

「あー、はいはい。わかったよ。送っていくよ」

「はいは三回よ、灰倉くん」

「何で三回なんだよ。そこは普通「はいは一回」って言うところなんじゃ……」

「いいから。やり直し」

「………」


 では、仕方なく。


「はいはいはい!送っていくよ!」

「ほら、何だか授業中に必死に手を挙げる小学生のようになったわ」

「やり直した意味あるのか、これ!?」

「そんなに私と一緒に帰りたいと言うのなら、仕方ないわね」

「お前、本当いい性格してるよな……」


 一周回って、俺がどうしても白川を送りたい流れになっていた。


 本当にーーーーー面白いよなあ、こいつ。


 白川は席を立ち上がり、満足そうに言った。


「さあ、一緒に帰りましょう」 


 



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