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 鈴木の話を要約すると、こうだった。


 白川がちやほやされている事に不満を持つ連中が、白川に嫌がらせを始めたのは中学一年の頃。

 それを白川はもろともせず、あしらっていたのだが、中学二年の夏休み前、強姦未遂事件が起こる。


 それを機に、白川は眼鏡をかけ、周囲と距離を置いて生活する中、噂や嫌がらせがエスカレートしていく。

 それをかばっていたのが、霧野さんだった。


 霧野さんは白川と特に仲が良いというわけではなく、時々話す程度の距離感であったが、事件後、クラス委員長として対応していた。

 それを良しとしなかった連中が霧野さんに矛先を向け始める。


 しばらくすると、霧野さんは急に転校が決まり、特に挨拶もなく学校を去った。

 そして、新たな噂が立ち始める。


 『白川に関わると、みんな不幸になる』


 そんな白川を気味悪がって、近寄る人間は減っていった。


 霧野さんが転校したのは白川のせいだ。

 振られたのは白川のせいだ。

 怪我をしたのは白川のせいだ。


 ありとあらゆる不幸を全て、白川のせいにしていたらしい。


 他人に自分の不幸を押し付けておけば、自分が救われた気になるという、異常でおぞましい思想。

 そんな到底理解し得ない、荒唐無稽な噂を信じてしまうような雰囲気が、当時の学校全体にはあったようだ。


「そんな噂、馬鹿みたいだろ?」と鈴木は言う。 


「そこで立ち上っていれば、最高にカッコいい主人公になれたんだろうけど、僕らにはーーーーーそれが出来なかった。勇気が無かった。所詮は有象無象の中の一人、背景に溶け込むモブキャラだったんだよ」


 鈴木が握りこぶしを作って、悔しそうに言った。


「元々、白川さんと同じクラスで、今は近くの私立高校に通っている、藍原あいはらっていう女子がいるんだけど、どうやらその女子が主犯らしいんだ」

「ん?らしい?断定は出来ないのか?」

「いや。ほぼ間違いはないと思うんだけど、結局、藍原とその取り巻きは直接手を下さないタイプだったから、嫌がらせの証拠が出ないんだ」


 証拠が出ない。

 出なければ、証明が出来ない。


「主犯が藍原かもしれないって知ったのは、強姦未遂事件が起きた時なんだ。それで、白川さんを襲った男子生徒なんだけど、実は、うちの組織のメンバーだったんだ」

「え?」

「その男子生徒から事情を訊いたら、藍原達が『白川はお前の事が好きらしいから、告白してみろよ』って言われたみたいなんだ。それに、『白川はツンデレだから、もし断られても強引に襲っちゃえばいいんだ』って」

「それを信じて、そいつは事件を起こしたって言うのか……」

「まあ、そうなるね……。本来であれば、こちらに報告をするレベルの事案なのだけど、彼も舞い上がってしまったみたいでね。恋は盲目というけど、思春期の精神状態を考えれば、とても制御できる代物ではなかったのかもしれないね」


 別に、彼を擁護するわけではないけど、と鈴木は付け加えた。


 白川の話だけでは、決して知ることのなかった話。

 知らなかった側面。


「結果的に、藍原からすれば、それは成功だったんだろうね。白川さんは上位カーストから引き摺り下ろされ、孤独になった。自分は意中の男とうまくいき、めでたく付き合う事になった」

「意中の男?」

「ああ、僕と同じクラスの青葉くんだよ。バスケ部でイケメンのリア充オーラ全開の彼だよ」

「青葉……」

「その主犯と付き合うくらいだから、黒幕は彼なんじゃないか、なんて言われているけど、それは定かではないね」


 ここでーーーーーようやく。

 繋がった気がした。


 ーーーーー関わらない方がいい。

 ーーーーーみんな不幸になる。


 そんな風に、青葉は言っていた。

 あいつも、何かを隠している……。


「なあ、青葉は今どこにいる?」

「青葉くんなら、もう部活に行ったよ」

「そうか……」

「彼は本当に、得体がしれないよ。飄々ひょうひょうとしていて、掴み所がない」

「ああ。わかっている」


 そんな事、前から知っている。

 本当、いけすかない。


「あ、そうだ。灰倉くん」

「なんだ?」

「僕のクラスはコスプレ喫茶なんだけど、当日は遊びにおいでよ。白川さんも一緒に」

「いや、なんで白川まで一緒なんだよ」


 鈴木は片手で口元を隠し、俺の耳元でヒソヒソと話し始めた。


「実はさ、僕らは自前でコスプレを用意して、喫茶店をやるのがメインなんだけど、その他の企画としてお客さんも着れるように、貸衣装のコスプレグッズを揃えておく予定なんだ。だから、白川さんにも是非、その衣装を着て欲しくてね」

「は?」

「メイド、ナース、某有名アニメキャラの制服、魔法少女、バニーガール、なんてのもあるよ」

「ば、バニーガール……だと」


 あの、網タイツを履いて、ケモミミをつけて、肩丸出しの……あの!


 いや。

 落ち着け。

 冷静に考えて、あいつが着るわけが無い。


「……白川はそういうのやらないだろう」

「万が一だよ。そうしたら、灰倉くんにも衣装を貸してあげるよ」

「男の衣装もあるのか?」

「もちろん」


 鈴木は胸を張って、自慢げに言った。


「赤と緑の配管工おじさんと吸血鬼くらいだけどね」

「ただのハロウィンパーティーだな」


 男への待遇が露骨に悪い店だった。


「あ、もし良かったら、僕の衣装着るかい?」

「ん?お前は何を着るつもりなんだ?」

「黒の剣士だよ」

「訊いた俺が馬鹿だった」


 危ない橋を渡るのはもうやめよう。

 文化祭にこいつが出てきたら、すぐモザイク処理と伏せ字にしよう。


「ああ、もうこんな時間か。僕もクラスに戻らないと。一応、クラス委員長だからね」


 鈴木は腕時計を見て、そう呟いた。

 こいつが委員長なのは意外だった。 


「そういえば、お前なんでこんなところで待ってたんだよ」

「ああ、黒谷さんがさっき一組に交渉に来てね。その時に、君の居場所を訊いたんだよ。白川さんの事を訊いておきたかったからね」

「あっそ」

「これからも白川さんの事、頼むよ」

「……お前に言われなくても、なんとかするさ」

「頼もしいね。本当ーーーーー」


 最終下校時刻のチャイムが校内に鳴り響く。


「■■■■■。■■れた人は」

「ん?なんだって?」

「何でもないよ。当日、楽しみにしているよ」


 そう言って、鈴木は教室へと戻っていった。

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