048
鈴木の話を要約すると、こうだった。
白川がちやほやされている事に不満を持つ連中が、白川に嫌がらせを始めたのは中学一年の頃。
それを白川はもろともせず、あしらっていたのだが、中学二年の夏休み前、強姦未遂事件が起こる。
それを機に、白川は眼鏡をかけ、周囲と距離を置いて生活する中、噂や嫌がらせがエスカレートしていく。
それを庇っていたのが、霧野さんだった。
霧野さんは白川と特に仲が良いというわけではなく、時々話す程度の距離感であったが、事件後、クラス委員長として対応していた。
それを良しとしなかった連中が霧野さんに矛先を向け始める。
しばらくすると、霧野さんは急に転校が決まり、特に挨拶もなく学校を去った。
そして、新たな噂が立ち始める。
『白川に関わると、みんな不幸になる』
そんな白川を気味悪がって、近寄る人間は減っていった。
霧野さんが転校したのは白川のせいだ。
振られたのは白川のせいだ。
怪我をしたのは白川のせいだ。
ありとあらゆる不幸を全て、白川のせいにしていたらしい。
他人に自分の不幸を押し付けておけば、自分が救われた気になるという、異常でおぞましい思想。
そんな到底理解し得ない、荒唐無稽な噂を信じてしまうような雰囲気が、当時の学校全体にはあったようだ。
「そんな噂、馬鹿みたいだろ?」と鈴木は言う。
「そこで立ち上っていれば、最高にカッコいい主人公になれたんだろうけど、僕らにはーーーーーそれが出来なかった。勇気が無かった。所詮は有象無象の中の一人、背景に溶け込むモブキャラだったんだよ」
鈴木が握りこぶしを作って、悔しそうに言った。
「元々、白川さんと同じクラスで、今は近くの私立高校に通っている、藍原っていう女子がいるんだけど、どうやらその女子が主犯らしいんだ」
「ん?らしい?断定は出来ないのか?」
「いや。ほぼ間違いはないと思うんだけど、結局、藍原とその取り巻きは直接手を下さないタイプだったから、嫌がらせの証拠が出ないんだ」
証拠が出ない。
出なければ、証明が出来ない。
「主犯が藍原かもしれないって知ったのは、強姦未遂事件が起きた時なんだ。それで、白川さんを襲った男子生徒なんだけど、実は、うちの組織のメンバーだったんだ」
「え?」
「その男子生徒から事情を訊いたら、藍原達が『白川はお前の事が好きらしいから、告白してみろよ』って言われたみたいなんだ。それに、『白川はツンデレだから、もし断られても強引に襲っちゃえばいいんだ』って」
「それを信じて、そいつは事件を起こしたって言うのか……」
「まあ、そうなるね……。本来であれば、こちらに報告をするレベルの事案なのだけど、彼も舞い上がってしまったみたいでね。恋は盲目というけど、思春期の精神状態を考えれば、とても制御できる代物ではなかったのかもしれないね」
別に、彼を擁護するわけではないけど、と鈴木は付け加えた。
白川の話だけでは、決して知ることのなかった話。
知らなかった側面。
「結果的に、藍原からすれば、それは成功だったんだろうね。白川さんは上位カーストから引き摺り下ろされ、孤独になった。自分は意中の男とうまくいき、めでたく付き合う事になった」
「意中の男?」
「ああ、僕と同じクラスの青葉くんだよ。バスケ部でイケメンのリア充オーラ全開の彼だよ」
「青葉……」
「その主犯と付き合うくらいだから、黒幕は彼なんじゃないか、なんて言われているけど、それは定かではないね」
ここでーーーーーようやく。
繋がった気がした。
ーーーーー関わらない方がいい。
ーーーーーみんな不幸になる。
そんな風に、青葉は言っていた。
あいつも、何かを隠している……。
「なあ、青葉は今どこにいる?」
「青葉くんなら、もう部活に行ったよ」
「そうか……」
「彼は本当に、得体がしれないよ。飄々としていて、掴み所がない」
「ああ。わかっている」
そんな事、前から知っている。
本当、いけすかない。
「あ、そうだ。灰倉くん」
「なんだ?」
「僕のクラスはコスプレ喫茶なんだけど、当日は遊びにおいでよ。白川さんも一緒に」
「いや、なんで白川まで一緒なんだよ」
鈴木は片手で口元を隠し、俺の耳元でヒソヒソと話し始めた。
「実はさ、僕らは自前でコスプレを用意して、喫茶店をやるのがメインなんだけど、その他の企画としてお客さんも着れるように、貸衣装のコスプレグッズを揃えておく予定なんだ。だから、白川さんにも是非、その衣装を着て欲しくてね」
「は?」
「メイド、ナース、某有名アニメキャラの制服、魔法少女、バニーガール、なんてのもあるよ」
「ば、バニーガール……だと」
あの、網タイツを履いて、ケモミミをつけて、肩丸出しの……あの!
いや。
落ち着け。
冷静に考えて、あいつが着るわけが無い。
「……白川はそういうのやらないだろう」
「万が一だよ。そうしたら、灰倉くんにも衣装を貸してあげるよ」
「男の衣装もあるのか?」
「もちろん」
鈴木は胸を張って、自慢げに言った。
「赤と緑の配管工おじさんと吸血鬼くらいだけどね」
「ただのハロウィンパーティーだな」
男への待遇が露骨に悪い店だった。
「あ、もし良かったら、僕の衣装着るかい?」
「ん?お前は何を着るつもりなんだ?」
「黒の剣士だよ」
「訊いた俺が馬鹿だった」
危ない橋を渡るのはもうやめよう。
文化祭にこいつが出てきたら、すぐモザイク処理と伏せ字にしよう。
「ああ、もうこんな時間か。僕もクラスに戻らないと。一応、クラス委員長だからね」
鈴木は腕時計を見て、そう呟いた。
こいつが委員長なのは意外だった。
「そういえば、お前なんでこんなところで待ってたんだよ」
「ああ、黒谷さんがさっき一組に交渉に来てね。その時に、君の居場所を訊いたんだよ。白川さんの事を訊いておきたかったからね」
「あっそ」
「これからも白川さんの事、頼むよ」
「……お前に言われなくても、なんとかするさ」
「頼もしいね。本当ーーーーー」
最終下校時刻のチャイムが校内に鳴り響く。
「■■■■■。■■れた人は」
「ん?なんだって?」
「何でもないよ。当日、楽しみにしているよ」
そう言って、鈴木は教室へと戻っていった。




