047
「お、灰倉くんではないか。奇遇だな、こんなところで会うなんて」
そいつは眼鏡をクイッと直し、偶然を装ったように登場した。
ここは二階の連絡通路。
二年生の教室は三階だ。偶然通りかかるような場所ではない。
俺は踵を返し、特別棟へと引き返した。
「ちょ、ちょっと待って!せっかく待ってたのに!」
「………」
待ってたのかよ。
気持ち悪いな。
「……何の用だよ。えっと……佐藤」
「佐藤じゃない!鈴木だよ!確かに名字ランキングでは佐藤に一位の座を譲っているが、地名度としては鈴木の方が上なはずだ!」
「おお、それはすまなかった。鈴木」
「わかってくれればいいんだよ。ふう……」
「キャラが崩壊してるぞ」
「あっ……、ふふふ、俺の名は貴琉院岳人、キ……」
「いや、もう遅いから」
一組の鈴木利之、だっけ?
気分的には一ヶ月ぶりくらいの登場か。
しかし、名前を間違える件は、今や俺と櫻井先輩の間で完成されつつあるから、こいつはお呼びじゃないんだよなあ……。
いくら使い古されたネタだからと言って、違う相手に繰り返し使うのも芸がないしな。
仕方ない、名前くらいは覚えてやろう。
「で、要件は何だ。二秒で答えろ」
「え、いや、みじか……」
「1……」
「あの、噂……」
「2。はい終了。お前に構っている暇はないんだよ。俺は今から白川に用があるんだ」
「ま、待って!その、白川さんのことなんだけど……」
「ん?」
ああ、そうか。
そういえば、こいつ、SA◯団なる怪しい組織に所属しているって言っていたな。
白川綾音を応援する団。
このネーミングセンス、もっとどうにかならなかったのか?
名前を出すことさえも憚られるから、もういっそのこと伏せ字にしておきたい。
「白川がどうしたんだ?」
「いや、灰倉くんとつ、つつ、付き合っているっていう噂なんだけど、そ、それは本当かい?」
なるほど。
童貞を客観視すると、こんな感じなのか。
白川がバカにするのも無理はない。
が。
俺は白川ほど冷たい人間ではない。
そんなデリケートゾーンを茶化したりはしない。
「別に、付き合ってねえよ。ただの友達だ」
「友達……か」
神妙な面持ちで、鈴木は言う。
続けて。
「本当に良かった」と、安堵するように笑った。
「白川さんに友達が出来て、本当に良かった。やっぱり、君を見込んで正解だったよ」
「いや、そこまでは言い過ぎだろ。たかが友達一人くらいで」
「昔の白川さんを知る僕らにとっては、友達が一人出来ただけでも、喜ばしいことなんだよ」
昔ってことは、こいつも白川の過去を知っているってのか……?
「お前、昔の白川を知っているのか?」
「そりゃ知っているさ。こう見えて僕は、白川さんとは小学校から一緒なんだよ。前にも言ったろう?組織の歴史は長いって。事の始まりは……」
「………」
「……あれ?」
「どうした?早く話せよ」
「いや、いつもだったら話を遮ってくるのに、今回は来ないのかなあって……」
「ああ、いつもツッコミが入るせいで話が進まないから、今回は極力減らしていこうと思ってな」
「そ、そうなんだ……」
話をまとめると、組織は鈴木が小学校三年の頃に鈴木の兄を含めた数人で創設され、白川の成長を日々見守ってきたのだそうだ。
現在では、一クラスに数人ずつ組織のメンバーがいるほどの規模になり、学校内での白川情報は常に更新されているらしい。
「お前それストーカーじゃないのか?」
「いやいや。そこまで悪質なことは僕らはしないのさ。情報は常に更新されているけど、白川さんを追跡しているわけではない。行く先でたまたま白川さんに出くわしたメンバーが、その思いの丈を呟いているだけなんだから」
やっぱりこの組織、気持ち悪い。
「それに、校舎の外に出ればそこからは白川さんのプライベートな時間になるから、情報は更新されないのだよ。街で見かけたら、その思いの丈は胸にしまっておくのさ」
「………」
もう訊いてるのが辛い。
相槌を打つのもだるい。
「そういえば、この前の休日、灰倉くんは白川さんと買い出しに行ったようだね」
「おい、早速プライベートな情報が出回ってるじゃねえか」
「仕方ないよ。僕らだって、休日に出かけるといったら駅前に来るしかないんだから。小さな田舎町に住む高校生なんて、遊びに行く場所は限られているからね。そこでメンバーの誰かに見られても不思議じゃないよ」
くそ……。
こいつらに情報が筒抜けとなると、癪に触るな……。
「……その情報、どこまで知っている?」
「確か、四階のアミューズメントフロアで幼女と白川さんと、同年代くらいの女の子がいたのを見たって言っていたかな」
ふむ。
なら、下着の件は大丈夫か……。
「なあ、お前、霧野結衣さんって知っているか?」
「えっ、ああ、うん。もちろん知っているよ。でも、驚いたな。灰倉くんが霧野さんを知っているなんて」
「その同年代の女の子が霧野さんだ」
「そうか……。彼女、戻ってきているんだね」
それっぽく、意味深な、したり顔を見せる鈴木。
なんだか腹が立つ。
「ん?なんだ、何か知っているのか?」
「教えて欲しいかい?」
「ああ」
「なら、我が組織に……」
「入らない。教えろ」
「横暴だね。君も」
やれやれと肩を竦め、鈴木は続けて言った。
「まあ、白川さんの友達成立記念の選別として、特別に教えてあげよう。僕らが知っている、彼女達の物語をーーーーー」




