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046 後半

「それって、何年か前にあったやつですよね?」

「う、うん。まあ、そうなんだけど……」

「この前の天体観測はうまく夜空の撮影が出来なくてな。だから企画を変更して、卒業した連中が残していった展示物をアレンジし直して展示する事になったんだ」


 困っている櫻井先輩を見かねて、赤崎先生が助け舟を出す。


「まあ、文化祭で櫻井も引退だし、天文部の集大成としては、これまでの歴史を振り返る意味でも、良い企画なんじゃないかと思ってな」

「ん?集大成?」

「だってそうだろう。部員は櫻井しかいないんだから、引退したら部員はゼロ。つまりーーーーー廃部だな」

「廃部……」


 俺は無意識に、先生の言葉を繰り返していた。


「まあ、仕方ないよ。今年の入部希望者がいなかった時点で、それはわかってたことだし」


 諦めたように櫻井先輩は言う。


「だから、最後くらいは自分で何とかしよう!って思ったけど、やっぱり、先輩達みたいにはうまくいかなくてね。天体観測だって失敗しちゃったし、私ってダメだなーって思ったよ。あはは……」


 先輩はお団子頭をさすりながら、重たい空気を誤魔化すように笑った。


「でもね。失敗したからって、そこで終わりじゃないからさ。諦めないで、またやり直せば良いんだよね」


 ーーーーー諦めないで、またやり直す。


 いつもなら、そんな希望に溢れた軽々しい言葉など、受け流しているのに。

 櫻井先輩の言葉が、胸の内に引っかかる。


「失敗は成功のもとって言うでしょ?科学だって、失敗の積み重ねで、ここまで進歩してきたんだって、天文部の先輩が言ってたしね。それに、何だっけ?私は失敗なんてしていない!みたいな名言を残した、何とかってすごい人、いたよね?」


 いたよね?って言われても、ほぼノーヒントでそんなクイズに答えられるわけがない。

 ついでに言わせてもらえば、そんな横柄な会社の上司みたいな台詞が名言になっていることに驚きだ。


「あっ!思い出した!エリクソンだ!」

「………」


 うーん。

 誰?

 全然ピンとこない。


「すみません。俺の勉強不足でそんな人物に心当たりがなくて……」

「えー。有名だから絶対知ってると思ったのに。ほら、あれ、電球の人!」


 ん?

 電球……?


「……もしかして、エジソンのことですか?」

「それだ!」


 電球に光が灯ったように、先輩は明るく笑った。

 この人は人の名前を覚えるのが苦手なのだろうか。

 今年は受験だというのに、心配だ……。


 ちなみに、エジソンの名誉の為に言っておくが、正確な名言は『私は失敗したことがない。ただ、一万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ』という名言だったはずだ。

 物は言い様だな。


「失敗ばっかりの私も、その言葉のおかげで救われたこともあったし、例え間違っても、また頑張ろうって思うんだよね」


 言葉一つで、そんな風に思える櫻井先輩は、とても前向きな人なのだろう。

 失敗を恐れて、楽なことばかり頑張る灰色の俺には、その姿は少し眩しかった。


「クイズの件は、また今度でいいかな?」

「はい。特に、今すぐという訳でもないので」

「良かった。ちゃんと展示は完成させるから、楽しみにしててね」


 そう言って微笑む先輩を見て、自然と笑えている俺がいた。

 先輩の穏やかな空気に釣られて、毒気を抜かれたように、穏やかな気分になった。


「よし、話はまとまったようだな。そこで櫻井、私からも一つ相談なんだが」


 そう言って、今度は赤崎先生が話を切り出す。


「なんですか?」

「実は一人、天体観測をしたいっていう奴がいてな。この前みたいに部活の一環として、また天体観測をしようと思うんだが、手伝ってくれないか?まあ、受験もあるし、無理にとは言わないが」

「いいですね!そのくらい全然大丈夫ですよ!お安い御用です!」

「いや、先輩。そんな安請け合いして大丈夫なんですか?受験勉強って大変なんじゃないですか?」

「大丈夫大丈夫!私、こう見えて、一夜漬けは得意だから」

「大事な受験をそんな勉強法で乗り切る気ですか!」

「あはは、冗談だよ。一夜漬けするのは、うちのおばあちゃんくらいだよ」

「……櫻井先輩のおばあちゃんは一夜漬けをしているんですか?」


 どんなおばあちゃんなんだ。


「主に白菜やきゅうりなんかを一夜漬けしてるよ」


 漬物の話だった。

 和む。


「ふむ。ならばこうしよう。七月の期末テストで点数が平均以下の教科があった場合、参加は見送りだ」

「えー」

「マジですか!」


 赤崎先生の提案に、俺は一縷いちるの希望を見出した。

 勉強しなくて済むじゃん!

 やった! 


「お前は平均以下をとったら強制参加だ」


 違った。

 ただのぬか漬けだった。

 いや、そんなツッコミがあってたまるか。ぬか喜びだ。


「ちなみに、赤点を取った場合は補習になるから、そのつもりでな」

「うっ……、なら全教科平均以上取れば、参加は見送りってことでいいですか?」

「まあ、考えておこう」


 赤崎先生は腕を組みながら、ニヤリと余裕のある笑みを浮かべた。


 これ以上、先生の思惑に嵌るわけにはいかない……!

 

 勉強は明日から頑張ることにしよう、と心に決めた俺であった。

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