表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/56

044 前半

 中学二年の夏から秋にかけて。


 俺は生まれて初めて、青春を経験した。


 自覚を持って、そう言える。


 それと同時に。


 たった数ヶ月で、俺の青春は終わった、と。


 意味もなく、そう言い換えることもできる。


 白川のように、何年もの間、強烈なトラウマに苦しめられていたのに比べて、俺はたったの数ヶ月。

 彼女が青春を『諦めた』のに対して、俺の青春は『終わった』のだ。


『終わり』。


 幕引き。

 エンディング。


 分かり切った結末を先に言ってしまえば、これはバッドエンドだ。


 それは何の救いも無く、何の希望も無く。

 モノクロで、灰のような、色気のない中学生活を送るまでの、単なる前フリでしかなかったのだ。


「灰倉は、弟みたいなものだから」


 そんなようなことを、黒谷は言っていた。


 俺には、三つ上の姉貴がいる。

 姉貴は何でも出来て、何でも知っていて、子供の俺たちからすると、超人のような存在だった。

 それに感化された黒谷は、姉貴のようになりたい一心で、その背中を追うように、勉強や運動に励んでいた。


 その結果は明らかで、学業、スポーツ共に同年代とは思えないほどの成績をあげていた。


 優秀な姉に、優秀な幼馴染。

 そんな連中に囲まれた凡人の俺は、どうなるか。


 今は出来なくても、いつか出来るようになる。

 信じれば、それはきっと叶うし、努力すれば、それはきっと報われるーーーーーと。


 そんな、愉快な勘違いをしていた。

 自分にも出来ると錯覚し、信じていたのだ。


 全く。

 たまにいるんだよな。

 出来もしないのに「やります!成功させます!」って言っちゃう奴とか。

 理想ばっかり語って、実際やってみたら全然出来ない奴とか。


 本当にしょうもない。


 まあ、全部俺のことなんだけど……。


 そんな愚かで、良くも悪くも純粋な少年だった中学二年の夏。

 俺は部活を引退した先輩から直々に、バスケ部のキャプテンに任命された。

 どういう経緯で俺が選出されたのかは知らないが、その先輩たちの期待は、素直に嬉しかった。


 期待に応えたい。

 そして、その期待に応えられると、自分を信じて疑わなかった。


 最初の目標は、県大会出場。


 万年地区三位の俺たちが、地区優勝を果たし、県大会に進む。

 ミーティングをして、部員みんなで決めた目標だった。

 チーム一丸となって、先輩たちの想いに応えよう、と。

 それはまるで、青春漫画の一ページのように思えた。


 だが。


 現実はそんなに甘くなかった。


 厳しい練習に耐えかねて、根をあげるチームメイト。

 ズルをして、サボるようになり、ついには退部する部員もいた。

 

 バスケの知識のない顧問は「もう少し練習量を抑えたらどうだ」と俺に提案してきたが、「自分たちで決めたことですから」と、その場で顧問の提案を一蹴した。


 俺の部員たちに対する不満は、募るばかりだった。


 秋の新人戦に向け、夏休みはほとんどの時間をバスケに費やした。

 近くの中学校と頻繁に練習試合を組み、合宿では高校生とも試合をした。

 夏祭りや花火大会で浮かれている部員たちを尻目に、脇目も振らず、なりふり構わず、ただひたすら、俺は練習に没頭していた。


 その花火大会当日。

 俺は、ある噂を耳にした。


『黒谷は一ノ瀬先輩が好きらしい』


 一ノ瀬先輩と言うのは、一つ上の先輩でバスケ部のキャプテンだった人だ。

 背も高く、中性的な顔立ちで、学校に一人はいる、イケメンで人気のある先輩だった。


 そんな先輩のことを、黒谷がどうやら好意を抱いているらしい、と。

 そんな根も葉も無い噂ーーーーーというわけでもなかった。


 実際、何度か二人が一緒に下校している姿を見かけたことがあった。

 仲睦まじく、並んで歩く、その姿を。

 楽しそうに笑う、黒谷の顔を。


 まあーーーーーだからなんだ、という話だ。

 いくら幼馴染だからと言って、色恋にあれこれ言うほどの仲でもそもそもないのだ。

 中学に入ってから、話す回数は減ったし、一緒に帰ることだって無くなった。

 思えば、その辺りから徐々に、俺と黒谷の間には微妙な溝ができはじめていたように思う。


 つまるところ、黒谷が誰を好きになろうが、それが本当か嘘かなんてのは、俺にとって何一つ関係ない。

 そんな雑念を振り払うように、俺はより一層、部活に没頭するようになった。


 迎えた新人戦。

 結果は二回戦敗退。

 地区優勝どころか、準決勝にも行けなかった。


 そして。

 その試合後、事件は起きた。


 予選敗退した俺たちは早々に帰り支度をして、ミーティングをしてから解散するという流れになっていた。

 が、二名の部員が集まらない。

 探しに行くと、二人は他校の女子生徒と話をしていたのだ。

 言ってしまえば、ナンパをしていたらしい。


 二人にミーティングに集まるように促すが、訊く耳をもたない。


 一人の部員が言う。


「負けたんだから、別にいいだろ」


 もう一人が続けて言う。


「頑張ったんだから、息抜きくらいするだろ」


 気づけば、部員の頬を殴っていた。

 そして、もう一人の部員の胸ぐらを掴み、言った。


 ふざけるな!ーーーーーと。


 叫んでいた。


 騒ぎを訊きつけた他の部員が止めに入り、事態は収束したが、大会側から厳重注意を受けた。


 その後のミーティングで、俺の不満は爆発した。


 最初に決めた目標を忘れたのかーーーーーと。

 なぜ負けたのに、ヘラヘラできるんだーーーーーと。


 そして、一人の部員が言う。


 何熱くなってんだよ。バカじゃねえのーーーーーと。


 部員たちの言い分はこうだった。


 別に県大会なんてどうでも良い。

 楽しくやれればそれで良い。


 誰しもが真剣に取り組んでいるわけではなかったのだ。


 それなのに。


 最初のミーティングで、県大会に出場したいと、願った。

 ハナから叶えようとしない願いを、目標を、口にしていた。


 今まで頑張ってきた自分が、馬鹿みたいだった。


 報われない努力。

 無意味な挑戦。


 努力は報われる?


 そうじゃない。


 努力は報われない。報われるのは、選ばれた奴だけだ。


 出来る奴がいて、そして、出来ない奴がいる。


 俺は、出来ない側の人間だった。


 そんな当たり前のことを、この時初めて知った。

 思い知った。


 自分の力量も、器の小ささも、ようやく自覚した。


 この一件で俺は、キャプテンを降り、部活を退部した。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ