043
「で、実際はどうだったの?二人で買い出しに行った結果は」
黒谷はつまらなそうに、こちらを見ずに言った。
正解には興味ないってか。
「え?あ、うん。まあ、ほとんどお前の言った通りだよ。その幼女、ちーちゃんって言うんだけど、その子に会ったのは確かにカプセルトイが置いてある4階のアミューズメントフロアだ。ちーちゃんは白川の同級生の姪っ子だったみたいで、その縁もあって文化祭に遊びにきてくれるってわけだよ」
「うーん、質問の仕方が悪かったね。私は白川さんと二人で、どこに行って、何をして、どうなったのかって訊いたんだけど」
「え?」
そっち?ちーちゃんの話じゃなくて?
「べ、別に、ふ、普通に買い出しをしただけだけど?」
絶対に言えない。
下着屋で下着を一緒に選んでいたとか、絶対言えない。
「ふうん」
「………」
間が、持たない。
俺が何かを隠しているのは、黒谷にもお見通しなのは間違いない。
が、口を開かなければ、隠している内容まではわからない。
こうして俺は、またいつものように、黒谷をはぐらかす。
「……別に、何もねえよ」
「……そう」
そうすれば、黒谷は呆れて、すぐに諦めーーーーー
「じゃあ、白川さんに訊きに行こう」
ーーーーーなかった。
「ちょ、ちょっと待って!それはなんか、いつもと違くないか?」
「ん?いつもって何?当事者が二人なら、もう一方の話を訊くことも、真実を追求する者にとっては必要なことでしょ?」
「いや、お前、そんなジャーナリストみたいなことを……」
「だって灰倉に訊いても、いつも誤魔化すし、本当のこと言わないじゃん。あと、ムカつくし」
「最後にさらっと悪口を言わないでもらえますか」
「とにかく、灰倉に訊いても埒があかないから、白川さんにもあとで話を訊いておくからね」
くそ……。なんなんだこれは。
まるで事情聴取のようじゃないか……。
これは何としても、黒谷が白川に話を訊く前に、下着の件を言わないよう説得しなくては……。
「ん?そういえば、白川はどこ行ったんだ?」
「あのーーーーー白川さんなら、実行委員の集まりに行ってると思うけど……」
申し訳なさそうに、委員長のメガネ君が言った。
いきなりの登場に、驚きを隠せなかった。
……一体、いつからいたのだろう。
委員長に今までの会話を訊かれていたと思うと、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
黒谷も黒谷で、同じように気まずい表情を浮かべていた。
委員長は黒谷に用があったようで、何やらクイズの場所や他クラスとの連携の相談をしていた。
黒谷は委員長が持ってきた資料を見てから数秒で、言った。
「クイズを出題する場所は教室棟四階の一年八組のお化け屋敷、三階は二年一組のコスプレ喫茶、二階は三年三組による自主制作映画が視聴覚室で行われるから、その付近にしましょう。やっぱり学校縦断って言うくらいだから、建物の端から端に出題場所を設置しないとね」
出題場所に関して言えば、頭の悪い俺でも、ある程度の見当はついていた。
クイズに参加して学校を端から端まで来場者が歩くことで、全ての教室に客を呼び込むチャンスが生まれる、ということだ。
それを呼び込めるかどうかは、あとはそのクラス次第。
誰が最初に発案したのかは知らんが、よく考えたものだ。
「それに、この三クラスと連携して特典の優待券で割引やサービスを受ける事が出来れば、カップリングに成立した後のデートも楽しめそうだしね」
他クラスとの癒着が半端ないのだが、大丈夫なのだろうか……。
まあ、その辺の根回しやゴタゴタはきっと黒谷がうまいこと収めてくれるだろう。
「教室棟の一階と、特別棟の方はどうするんだ?」
「教室棟の一階は昇降口から来場者がたくさん入ってくるから通行の邪魔になるし、設置はなしだね。特別棟はーーーーー天文部の展示が二階の地学室であるみたいだから、そこでいいんじゃない?」
「ん?何で天文部?」
「この資料を見る限りだと、将棋部や書道部なんかは体験型の模擬店だからそれなりの集客は見込めるだろうけど、天文部は展示だけだし、そういう場所に設置したほうが、流れで展示も見てくれるんじゃないかなって思って。あ、そこは天体系の問題とかも面白いかもね。展示を見ないと答えられない問題にするとか」
「ふむ。なるほど」
確かに、それはなかなか面白い案だ。
天文部は天体観測を手伝った縁もあるので、俺としても納得のいくものであった。
それを黒谷が知ってか知らずか、この判断力と決断力。
そして、それを補う説得力。
こういう場面を見せつけられるたびに、俺は毎度、こいつには敵わないと、思い知らされる。
自分の不甲斐なさ。
自分の器の小ささ。
人としての資質が、まるで違う。
はあ。
全く、嫌になるぜ。
「じゃあ、私、白川さんを探すついでに、各クラスに交渉してくるよ」
そう言って、席を立つ黒谷。
まずい。
すぐさま、それを引き留めるように、俺は言った。
「よ、よし、わかった!そういうことなら、俺も一緒に行こう!」
一瞬、黒谷はきょとんとした顔を浮かべた後、すぐに俺のやましい意図を理解し、柔らかく微笑んだ。
そして、とても優しい声音で、言う。
「うん。じゃあ、一緒に行こっか」
気を許したような表情で、彼女は笑う。
幼馴染として、長く共に過ごしてきた時間が、確かにあった。
言葉にせずとも、互いに理解出来てしまう感覚が、確かにあった。
切り離したはずの過去を。
切り捨てたはずの感情を。
女々しくも、懐かしいだなんて思ってしまった自分に、腹が立った。
今の今まで、忘れていたーーーーーいや、本当は、都合よく、忘れたふりをしていただけだ。
記憶の隅に追いやって、思い出さないようにしていた。
思い出そうともしなかった。
彼女を傷つけた、灰色の中学時代を。




