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「おにたん、これ、だらけぐまー」
「うん」
「これ、子しろくまー」
「うん」
「これ、おじさん」
おじさんって。
完全にハズレ枠だろ、これ。
だらけぐまストラップ。
全8種類。内、シークレット2種。
一回200円。
高い。
おにたんの財力では手が出ないよ。
ごめんね、ちーちゃん。
ちーちゃんとは、この幼女の名前だ。
霧野千里、4歳。
喋り方からわかるようにのんびりとした子で、マイペースな保育園児だ。
話によると、ちーちゃんは霧野結衣さんの姉夫婦の娘、つまり霧野さんからみて姪っ子に当たるらしい。
なぜ、そのちーちゃんが俺と一緒にいるのかというと、霧野さんと白川は旧知の仲だったようで、久しぶりの再会に二人で話したいとのことだった。
その間、ちーちゃんを見る人がいなくなってしまう為、俺が仕方なく、渋々と一時的に面倒をみることになったのだ。
二人は少し離れたベンチに座り、時折霧野さんの笑顔が見えたりもしていて、あまり重い話をしているといった印象はなさそうだった。
まあお互い、積もる話もあるだろうし、例えあと三時間くらい話し込んでいたとしても、こちらとしては一向に構わないくらいの心持ちだ。
やれやれ。
こんな風に他人への気配りができるなんて、自分のお人好し加減には呆れてしまうぜ、全く。
ちなみに、『だらけぐま』というのは、女性に大人気のゆるキャラである。
その名の通り、だらけているだけのクマなのだが、その正体はただの着ぐるみで、中身はただのおじさん、という設定である。
他にも、だらけぐまの子分として行動を共にする『子しろくま』、世話好きの『キジ』、ライバルの『ぐでぱんだ』などがいる。
これほどだらけぐまに精通している男子高校生もそうそういないだろう。
というのも、正直に言えば、実は俺もだらけぐまが好きなのだ。
こう言ってしまうと、女子ウケを狙っているだとか、そういった勘違いをされてしまいがちだが、決して俺はその見た目の愛らしさが好きなわけではない。
だらけぐまの『生き様』が気に入っているのだ。
何たってこいつは着ぐるみを着たただのおじさんなのに、設定上、OLに養ってもらいながらだらだら生活しているのだ。
なんて夢のような生活だろう。
その上、女性にも人気ときたものだから、至れり尽くせりだ。
来世があるのなら、俺はだらけぐまになりたい。
異世界転生するなら、絶対だらけぐまでハーレムを築きたい。
いや、そこまでは言い過ぎか。
どうせなら、人間のままでハーレムを築きたい。
おっと。
危ない危ない。
また欲望が。
「おにたん、これほしー」
ちーちゃんが、『子しろくま』を指差しながら、俺を見上げる。
4歳児の瞳を、まじまじと見たことがあるだろうか。
穢れを知らない、純粋な瞳。
ーーーーーその屈託のない眼差しに、俺の腐った性根が浄化されていく。
ついさっきまで、下着だとか、ハーレムだとか、そんないかがわしい妄想にまみれていた俺が、馬鹿みたいだ。
うん。
そうだ。
これからは、真っ当に生きようーーーーーと。
そんな風に思った。
「ちーちゃん」
俺は財布を握りしめ、言った。
「俺に任せておけ」
ーーーーー結果をお知らせしよう。
おじさん×3、だらけぐま×1、子しろくま×1。
1000円使って、ようやく『子しろくま』が出た。
おじさん3体とか、謎の神ヒキとかいらねえよ、俺。
真っ当に生きようと決意した矢先に、これほどの痛い出費。
残金、400円。
荷物が多くなると予想して、今日は自転車ではなくバスで来た為、帰りのバス代240円を引けば、残金160円。
何このシビアな生活。
てか、俺金なさすぎだろ。
人生、すぐさま成果が出るほど甘くはない、ということか。
俺が課金したのは、カプセルトイか、はたまたちーちゃんにか。
まあ、ちーちゃんが喜んでくれてるなら、その笑顔に1000円を投資したと思えば、安いものか。
いや、全然安くないな。
笑顔って、そんなに値段高かったっけ?
スマイルゼロ円じゃなかったっけ?
なんだかもう、よくわからなくなっていた。
「ちーちゃん、このおじさん3体は……」
「おじさんはいらない」
4歳児とは思えないマジなトーンで、ちーちゃんは言った。
俺の手元に残ったのは、だだ被りしたおじさん3体とだらけぐま1体、それと正体不明の謎の虚無感だった。




