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039

 ピンクのトレーナーに、水色のプリーツスカートの女の子。

 しゃがんでいるせいもあるだろうが、背格好からして確実に幼いというのがわかる。

 幼稚園、いや、保育園児と言ったところだろうか。


 一台のカプセルトイの前からしゃがんだまま、動こうとしない。

 周りには保護者らしき人も見当たらず、ただじっと、カプセルトイを見つめる。


 ……あんなちっちゃい子が一人で何をやってるんだろう。


 大丈夫なのだろうか。


 心配だなあ。


 ………。


 声かけ……。


「何しているの」


 鋭く冷めきった声が、耳を貫通した。

 それは実際に、本当に耳を貫通したわけではなく、ちょっと大袈裟な表現になってしまったが、それくらいの衝撃が俺にはあった、ということだ。


 声の出どころへ顔を向けると、買い物から戻った白川の姿があった。

 右手にはしっかりと、先程の下着屋のロゴがあしらわれた紙袋を持って、怪訝けげんな面持ちで立っていた。


「お、おう。なんだ白川か。お?その紙袋から察するに、目的のものは買えたようだな。はは、良かった良かった。さ、次はどこへ行こーーーーー」

「警察を呼ぶわよ」


 見られていた。


 幼女に声をかけようとしていたところを。


 いや、別に、やましいことなんか、何もない。

 悪い事をしようだなんて、毛ほども考えていない。


 むしろ、これは俺の善意に従った行動だ。

 堂々としていればいい。


 しかし、なぜだろう。

 なんでこんなに、後ろめたい気持ちになるのだろう。


「い、いきなり失礼な奴だなあ。俺は別に、何もしていないじゃないか」

「ニヤニヤしながら小さい女の子に近づこうとしていたら、誰だって不審に思うでしょう」


 え。

 俺、そんな不審者づらをしていたのか?


「いや、百歩譲って、例えそうだったとしても、俺とお前は顔見知りじゃん。そんな俺が不審者みたいに、良からぬ事をするような奴だと思ったのか?」

「あなたならやりかねないわね」


 即答だった。


「……信用ねえなあ」

「あら、信用しているわよ。あなたの変態性に」

「そっちじゃねえ!俺の善性を信じてくれ!」


 結局、全然信用されてなかった。


 まあ、結果として、幼女に声をかける前で良かったかもしれない。

 余計な誤解を招かなくて済んだ、ということにしておこう。


 それにしても。

 いつからこの幼女は、ここにいたのだろう。


 俺がベンチに座る前か、座った後か。

 うーん。


 全然思い出せない。


 そもそも、白川と別れてからどれくらい時間が経ったのかさえ、怪しいところだ。

 それほどまでに、俺の思考はあの下着によって支配されていたのだ。


 ……そういえば、どっちを買ったんだろう、あいつ。


 ちらっと横目で白川の方を確認すると、彼女もまた、別の方向に顔を向けていた。


「もうー、ちーちゃん。勝手にどっか行っちゃダメでしょー」


 白川の視線の先には、そう言って、幼女の元へと駆け寄る、俺達と同じ年頃くらいの女の子の姿があった。

 走り方からして、お世辞にも運動が得意そうには見えず、服装も膝下くらいのカーキ色のスカートに、白いブラウスという、見るからに大人しそうな印象の少女だった。

 到着早々、一体、どれほどの距離を走ってきたのだろうと心配になってしまうくらい、うなだれるように膝に手をつきながら、幼女の前で息を切らしていた。


「ねえたん、これ、だらけぐまー」


 幼女は女の子を見上げ、カプセルトイを指差しながら、そう言った。


 二人の様子を注視していた俺は、騒がしいアミューズメントフロアの雑音も関係なく、幼女の発した言葉を聞き逃さなかった。

 何あれ、可愛い。


「え?あ、そうだねー、いいねー」


 と、幼女の姉らしき女の子は肩まであるストレートの黒髪を耳にかけながら姿勢を戻すと、誰かからの視線を感じたせいか、こちらを振り向く。


 そして。


「あれ、綾音ちゃん?」


 一瞬、その言葉が誰に向けられたものなのか、把握できなかった。

 女の子が、こちらへ近づいてくる。


 そこでようやく、彼女の顔を視認する。

 和風な顔立ちで、いかにも勉強が出来そうな、フレームの細い眼鏡をかけた、女の子。


「やっぱり綾音ちゃん……だよね?覚えてる?私、中学の時、転校した霧野結衣きりのゆいだけど……」

「……霧野さん?」


 白川は彼女の問いかけに、力無く、答えた。

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