038
建物の四階はアミューズメントフロアになっていて、ボーリング場やゲームセンターなどがある。
休日ということもあって、家族連れやカップルで賑わっていた。
エスカレーターを上がってすぐ横に、自販機と数本のベンチが並んでいて、ちょっとした休憩スペースになっている。
そこに、白川の姿はない。
俺一人だけ。
結局、あの場で、あの下着屋で、俺は白川に白か黒かの究極の選択を迫られていたのだが、結果から言えば、どちらも選ばないまま、このベンチに座っているのである。
正確に言えば、その決断をする直前に、店員さんに声をかけられ、会話は強制的に終了したのだ。
それから、白川は店員さんの怒涛のセールストークに捕まり、「こういうのは試着してみないとわからないから」と、あれよあれよと言う間に白川は試着室へと案内されてしまったのだ。
こうなってしまっては、流石(?)の俺も店内に残って待っているわけにもいかず、ましてや、白川の試着姿を見ながら一緒に選ぶわけにもいかず、退散場所だけ告げて、いそいそとここまで逃げてきた、というわけだ。
とんだ災難だった……とでも言っておけば、健全な男子高校生っぽくなるだろうか。
ラッキースケベに愛された主人公が言いそうなセリフだ。
しかしまあ、なんというか。
あの場を離れた今現在でも、白と黒の下着が、俺の目に焼き付いて離れない。
ただの売り物なのに。
白川が身に付けていたわけでもないのに。
……ああ。
良くない。
クラスメイトの下着姿とか、そういう邪な目で見るのはやっぱり。
普通に考えて、良くない。
冷静に考えて、失礼なことだ。
これじゃあまるで、俺が変態みたいじゃないか……。
いや、まあ。
多少、自覚はあったけど。
かといって、堂々と、変態です!なんていうのも、どうかと思うけど。
そもそも、年頃の男子高校生にとってはこの程度、健全な発想なんじゃないか?
なんとも思わない奴がいるのだとしたら、もはやそいつは賢者か何かだろ。
人生2、3回くらい転生してそうだ。
まあ、言い訳はこれくらいにして。
それにしても、まさか下着屋に寄るだなんて、思いもしなかった。
というか、男友達の前で下着を選ぶなんて、あいつの神経もどうかしている。
女子高生としての恥じらいはないのだろうか。
異様なまでの貞操観念は、どこに消えてしまったのだろう。
彼女の行動に、全然ついていけない。
俺に下着を選ばせて、一体どうするつもりだったんだ、あいつは。
それを買って、俺に見せてくれるとでもいうのだろうか?
そんな夢みたいな、現実離れしたことなんて、あるわけがない。
どうせ俺があたふたしているのを見て、楽しんでいるに決まっている。
意地の悪い女だ。
はあ、と天井に向けて、溜息を吐く。
一人になった開放感のせいか、それまでふわふわと浮ついていた身体に重力が戻ったように、疲労感が全身を巡った。
会話のしすぎで、脳が重い。
たった数時間、クラスメイトと一緒に歩いていただけなのに、この疲労感はなんなのだろう。
慣れないことをしたからだろうか。
やっぱり、誰かと一緒にいるってのは疲れるなあ。
と同時に、考える。
いつから、こんな風になってしまったんだろう、と。
小学校時代は、特に不自由なく、過ごしていたような気がする。
普通に授業を受けて、テストも運動も普通にこなして。
友達がいない、ということ以外、自分でいうのもなんだけど、割と優等生だったように思う。
今思えば、友達がいなかった原因は、姉貴にあったのかもしれない。
事あるごとに三つ上の姉貴に連れ回され、色々やらされ、同級生よりも姉貴世代の人たちと一緒にいることの方が多かった。
その結果、年齢が上の相手と日々過ごすことで、同年代の奴よりも、精神的に達観していたように思う。
周りと話が合わなくなって。
子供っぽい言動が理解できなくて。
馴染めなくて。
そういうズレを許容できずに、疲れて。
いつしか、自分から人との関わりを諦めてしまったーーーーーと。
そんな感じだった、と思う。
その反動もあってか、中学時代は色々と拗らせてしまっていたわけだけどーーーーー思い出したくないな。
まあ、人付き合いという点では小学校以来、か。
疲れるのも無理はない。
ーーーーーそういえば。
昔から姉貴の下着姿を良く見ていたけど、別になんとも思わなかったな。
普通に洗濯物として干してあることだってあったし、いくら俺が童貞だからって、それなりに免疫があったはずだ。
姉貴は現在、都内の大学に通っている為、家を出ているから、俺が高校生になってからは、見ていないといえば見ていないのだが。
これも、ブランクのせいなのだろうか。
なんだか復帰したてのスポーツ選手みたいな感じになってしまった。
まあ、結局のところ。
あいつは、どちらかの下着を買うのだろうか……。
いや。
もう考えないようにしよう。
これ以上はヤバい。
これ以上考えたら、単なるクラスメイトとか、友達云々ではなくなりそうだ。
こんなんじゃ、白川を襲った輩と、同じになってしまう。
それこそ、『信用』どころではなくなってしまう。
男として、約束は果たさねば。
それに、下着程度でうろたえていたんじゃ、カッコつかないしな。
そんな風に浮ついた心に釘を刺したところで、視線を天井から正面に戻すと、エスカレーターに沿って20台ほどのカプセルトイが並べられているのに気づいた。
その内の一台の前に、女の子が一人、しゃがみ込んでいた。




