037
移動した先は、女性物の下着屋さんだった。
ピンクを基調としたファンシーな内装で、フリルのついた可愛らしいものから、大人っぽいレースの下着まで手広く揃った店舗だった。
バスケで養った視野の広さと動体視力のおかげか、一瞬にして店舗の品揃えを把握することが出来た。
俺の観察眼もなかなかのものだ。
いや、誇っている場合じゃない。
いくら売り物とはいえ、女性物の下着が大量に並んでいるお店を前にして、堂々としていられるほど、俺の心臓は強靭じゃない。
女性店員さんからの視線が痛い。
完全に不審者を見るような目だ……。
「こんなのはどうかしら」
そう言って、白川は自分の胸の辺りに上下セットになったキャミソールを掲げ、俺の方を見る。
その下着は純白、と言っていいほど真っ白な色味をしていて、店内の照明を反射するように、キラキラと輝いていた。
それは決して派手ではなく、一見して、可愛らしいという感じなのだが、良く見れば見るほど、その可愛さの中にも、半周回って若干の大人っぽさまで感じられた。
その一因として、布地がシルクの滑らかな質感だったことも、要因の一つと言えるだろう。
余計な刺繍は施されておらず、その控えめな印象は白川のスラッとした体型にとてもよく似合ーーーーー
いや。
何を事細かに描写しているんだ、俺は。
「何か感想は?」
問い詰めるように、白川が言う。
「さ、さあ、知らねえよ」
「ふうん。じゃあ、これは?」
次に選んできたのは、黒い下着だった。
黒、と言うだけで、セクシーさは格段に跳ね上がる。
先程のキャミソールとは違い、白い糸で複雑な模様の刺繍が施されており、白川の白い肌と相まって、下着の黒がより一層際立ーーーーー
いや。
もういい。
これ以上は色んな意味で、支障をきたしそうだ。
白川の問いかけを誤魔化すように、俺は言った。
「……なんで俺は下着屋にいるんだろう」
「あなたが私と離れたくないって言うからでしょ」
「ついて行くとは言ったけど、そういう意味で言ったんじゃない」
「どっちも同じような意味じゃない」
そうかもしれないけど。
ニュアンスが全然違う。
「というか、なんで下着屋なんだよ。俺がいないときに選べばいいだろ」
「なんでって、サービス回だからに決まっているじゃない」
「いや、だからそういうことを言うんじゃない!」
こんなの、俺が知っているラブコメじゃない……。
どこにサービス回を自覚している登場人物がいるんだ。
そんなんだから、馬鹿馬鹿しくなって、読者に呆れられるんだ……。
「そうは言っても、これは読者にではなく、買い出しに付き合ってくれている、あなたに対してのサービスなのよ」
いたずらに、茶化すように、白川は言う。
発想が、斜め上だった。
もう、わけがわからない。
「い、いや、お前、お礼のつもりなら、もっと他にあるだろう……」
「あなたならきっと、喜んでくれるだろうと思ったのだけど」
「……一体、俺をなんだと思ってるんだよ」
「え?変態でしょ?」
「俺の印象はそれしかないのか!」
真顔で言われた。
思ったよりも、白川にとって、俺が変態だというレッテルは根深いようだった。
まあ、初対面で脚をジロジロ見られたことを考えれば、仕方のないことかもしれないが……。
そうは言っても、俺としてはあれ以来、白川に対して出来る限り真摯に対応してきたつもりだ。
やましいことは何一つない……はずだ。
やはり第一印象を覆すのは、簡単なことではないらしい。
「それで結局、あなたはどっちの下着がいいと思う?」
白と黒、二つの下着を掲げ、こちらに視線を向ける白川。
異性のクラスメイト相手に、下着を選んだことのある奴がいたとしたら、教えて欲しい。
誤解されずに乗り切れる、スペシャルな返答の仕方を。
果たしてこの世に、そんな強者みたいな男子高校生がいるのか、甚だ疑問ではあるが。
きっと、答えた時点で、誤解されないわけがない。
どっちにしろ、こんなのは最初から、無理ゲーだったのだ。




