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035

「遅い」


 白川はこちらに目もくれず、文庫本らしきものをパタンと閉じ、それを小さめのショルダーバックにしまいながら言った。

 駅員が一人、ないし二人ほどしかいないこの小さな駅の軒下で、燦々さんさんと輝く太陽を避けるように、彼女はそこに立っていた。


「いや、まだ待ち合わせ時間の前じゃん」

「私が先に着いた時点であなたの負けなのよ」

「これ勝負だったの!?」


 相変わらず、滅茶苦茶な女だ。

 そういうことなら、もっと早く来たっつーの……。

 遅刻なんてしたら何を言われるかわからないから、ちゃんと5分前に到着したというのに。


「それじゃ行きましょう」


 そう言って、白川は日向ひなたへと歩き出した。


 外に出るのがだるくなりそうなほどの快晴。

 そんな晴天の下を歩く彼女の姿に、俺は不覚にも、見惚れしまった。


 いつもの制服姿とは違い、白のワンピースに灰色のパーカーという、なんともシンプルな私服姿ではあるが、その女の子らしい格好に、俺の童貞心は揺らぎまくっていた。


 そもそも、女の子と二人で出かけるという時点で、灰倉悠の歴史上、ものすごい偉業を成し遂げたような気分になっていた。

 その偉業を記念して、銅像くらい建ててもいいんじゃないかと思うくらい、俺は浮かれていた。


 もしかして、デートってこういうものなのだろうか……。

 というか。

 これって、もうデートって言っていいんじゃーーーーー。

 

「何しているの。さっさと行くわよ」


 緩く結ばれたおさげ髪を揺らし、白川が振り向きざまに言う。

 今日はいつもの分厚いレンズの眼鏡ではなく、フレームの主張が強い黒縁の伊達眼鏡をかけていた。

 ということはつまり、今日はコンタクトレンズなのだろう。


 そのせいもあってか、俺を見下す冷気に満ちた瞳は通常の二割増しくらい力強くなっている気がした。

 いくら陽射しが強いからとはいえ、その冷ややかな視線は全然お呼びでない。

 

 いつも通り平然としている白川。

 それを見て、先ほどまでの浮かれた幻想はいとも簡単にぶち壊され、現実に引き戻された俺がいた。


 そうだった。

 今日は全然デートなんかではなく、文化祭に必要な備品や資材を買う為だけに借り出されたのだった。


 つまり、俺はただの荷物持ちでしかないのだ。


 以下、この経緯が決まった時の白川さんの暴言集。


『買い出しの大荷物を私一人に持たせる気なの?』

『それを全部、私一人で学校に持ってこいって言うの?』

『そういうのは男子であるあなたの仕事じゃないのかしら?』

『私たち、友達でしょ?』


 これが、ついこの前まで、全部一人でやると言っていた奴の言葉である。


 この変わり身の早さたるや。


 力になるとは言ったけど、まさか物理的な力仕事を振られるとは思わなかった。

 まあ、誰かを頼れるようになったと言うのは、ある側面から言えば進歩ということになるのだろうけど。


 にしても。


 友達ってこんな感じなのか?

 友達の使い方が乱暴過ぎやしないか?


 友達がいなかった俺にはいまいち理解できないのだが。

 なんだか、いいように使われている気がしないでもないし……。


 理不尽を擬人化したような女。

 悪魔みたいな女。


 まあ、根は悪い奴じゃないって、わかってはいるんだけど。

 

 はあ、と一息ついて、俺は白川の少し後ろを歩き始めた。



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