034
いきなりの物言いに動揺を隠せなかった。
白川から顔を逸らしながら、俺は言った。
「……そんな情報、どこから聞いたんだよ」
「クラスの女子から聞いたのよ」
「お前、クラスの女子とそんな話が出来るほど親しい間柄だったのか」
「まさか。トイレに入っていたらたまたま聞こえてきたのよ」
「いや、それただの盗み聞きじゃん」
なんでこいつは一回知り合いから聞いた風な口ぶりで言ったんだ。
「あなたは知っていたのかしら」
「あ、ああ。まあな。この前、黒谷から聞いた」
「ーーーーー黒谷さん、ね」
後ろの席で白川が走らせていたペンを止めたのがわかった。
「そういえば、あなたたちは幼馴染だったわね。そんな彼女に誤解されたら、あなたは困るんじゃないかしら」
「いや、いくら幼馴染だからって別に困ることはないだろう。それに、ちゃんと否定してあるから、その辺の誤解は解決済みだ」
「ふうん」
白川は興味なさげに短く返事をし、止まっていたペンをまた走らせた。
そういえば俺、白川に黒谷が幼馴染だって言ったことあったっけ?
まあ、情報なんて回り回って、さっきの白川のように思いもよらないところから聞こえて来たりするし。
黒谷も目立つ存在だし、白川が知っていてもおかしくないのかもしれない。
「まあ、その黒谷が言うには、噂はクラス中に広まってるみたいだし、全員の誤解を解くってのは難しいかもな」
「噂、ね。本当、鬱陶しい事この上ないわね」
噂に翻弄され、狂わされた彼女の過去。
その言葉の重みに、俺は自分が放った不用意な一言を反省する。
いくら彼女が過去と向き合う決意をしたからといって、それを蒸し返すような話はするべきではなかったのかもしれない。
「いや、そのーーーーー悪い。なんか、嫌な事思い出させちまって」
「ん?ああ、別に構わないわよ。それは私の過去の問題なのだから、私自身がちゃんと折り合いをつければいい話よ。あなたが気に病む必要はないわ」
「お前、またそういうことをーーーーー」
ふふっと、彼女は薄く笑った。
「そうね。そういえば、今は昔と違って、あなたも一緒に悩んでくれているものね」
その白川の一言に、固まる。
そんな風に言われると、どう反応していいかわからず、言葉に詰まった。
いや。
まあ確かに、力になる、とは言ったけど。
何かが、おかしい。
目を逸らすことで精一杯の俺に追い討ちをかけるように、白川は平然とした風に言った。
「いっその事、このまま交際していることにする、と言うのはどうかしら」
「は?」
……何言ってるんだこいつ。
「いや、それはダメだろ。誤解なんだから」
「そうかしら?嘘でも相手がいると言うだけで、近寄ってくる輩が減るかもしれないじゃない」
「……そう言うもんなのか?」
「まあ、減った分はそのままあなたへの憎悪に変わるから、あなたは辛い立場になるかもね」
「それじゃ俺が損してるじゃねえか。嫌だよそんなもん」
「なら交際することで、その損を上回るほどの幸福があるとしたら、いいのかしら?」
そういって、穏やかに微笑む白川。
その微笑みは俺をからかっているように見えなくもない。
むう。
これは、どう捉えるべきなんだろう。
まあ間違いなく、十中八九、からかっているのだろうが……。
気のせい……じゃないよな。
やっぱり、さっきから何かがおかしい。
もしかして、ひょっとして、1%くらいはこいつ、俺のこと……。
いや。
いかん。
俺の心の童貞が揺さぶられている。
気をしっかり持つんだ。
そんなことはあり得ない。
ついこの前まで、人間不信だなんだと言っていた奴だ。
そう簡単に人に気を許すわけなんてない。
そんな淡い期待に、大した意味はない。
「いや、例えそうだとしても、そういう嘘は良くないと思うぞ。お前のこと、本当に好きな奴がいたら、そいつの気持ちをないがしろにしてるんだ。告白する方だって、勇気を出してるんだから、お前も勇気を出して、ちゃんと向き合ってやれ。まあ、過去のこともあるから、偉そうなことは言えないけどーーーーーとにかく、そういう嘘は良くない。お前の出来る範囲でいいから、ちゃんと対応してやれよ」
焦った勢いか、はたまた取り乱した自分を取り繕うための発言か。
偉そうに、知った風なことを、白川に言ってしまった。
嘘は良くないーーーーーと。
ちゃんと向き合えーーーーーと。
因果応報。
その言葉はそっくりそのまま、自分に返ってくる。
若干の自己嫌悪により、冷静さを取り戻す俺をよそに、白川は顔色一つ変えずに、言った。
「それもそうね。このまま物語が進むと、ニセ◯イの二番煎じになってしまうものね」
「おい、さらっと他作品の名前出すんじゃねえ」
俺の自己嫌悪など、どこ吹く風だった。
全く、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
作者がちょっと怯えちゃうだろうが。
「というかお前、ニセ◯イとか知ってるんだな」
「前に赤崎先生が貸してくれたのよ」
「ああ……」
たった今、無駄な伏線を回収した気分になった。
「それじゃあ、こうしましょう」
白川はペンを置き、背筋を正して、言った。
「私とは良いお友達、と言うことにしましょう」
「何その週刊誌にスクープされた時のテンプレなセリフ」
「そう言っておけば、受け手が勝手に判断するからいいじゃない。こちらとしても、嘘はついていないわけだし」
「それはそうだけど……ん?じゃあ、俺達はこれから友達同士ってことになるのか?」
「そうなるわね」
『友達』。
なんだろう。
一瞬だけ、ほんのちょっとだけ、がっかりした自分がいた。
割とサイズ感のあるでかい誕生日プレゼントを両親からもらって、ワクワクしながら開けたら、ドンジャラだった、とか。
そんな感じ。
いや、ドンジャラでも嬉しいんだよ。
せっかくのプレゼントだし。
ゲーム性も面白いし、全然いいんだよ。
ただ、なんか。
これ、みんなで遊ぶやつじゃん、ていう。
そんな残念感。
別に、もっと別のことを期待していたわけじゃないんだ。
俺の心の童貞が、いつもよりちょっと、大袈裟に騒いでるだけなんだ。
よくあるよくある。
店員さんに営業スマイルをされただけで「この人、俺のこと好きなんじゃね?」と勘違いしちゃうのと同じやつだ。
そう。
これは勘違い。
よくあるよくある。
とはいえ。
『友達』ねえ。
言葉にすると、なんだか気恥ずかしい。
けど。
まあーーーーー悪くない。
というか。
思ったより、嬉しい、かもしれない。
「そういうことだから、今度の休日は買い出しに付き合ってもらうから」
「は?」
「だって、私たち『友達』なのだから」
そう言って、白川はノートの切れ端に『文化祭準備に必要なもの』と書かれた紙を差し出し、微笑んだ。




