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033

 仕事といっても、今の時点では準備を始める前の準備段階なわけで、実作業というよりも、企画の方向性を決める土台作りという感じだ。


 本番まで、約一ヶ月。

 その前日は丸一日、準備日として朝から作業に入れることになっている。

 

 黒谷の作業工程表を見る限り、実作業に入るのは来週辺りだ。

 ということは、それまでに企画の方向性を決め、必要な備品の買い出しや、資材の調達をしなければならない。


 ……忙しい。


 それに、規模が規模なだけに、余計な付帯作業までついてきやがる。

 クラス単位で収まっていれば良いものの、『学校縦断』と銘打ってるくらいだから、学校中を舞台としているのだ。

 その為、各所にアポ取りが必須条件。

 自分のクラスのみならず、他クラスとも連携を取らなきゃいけないだなんて、作業量も通常の比じゃない。


 少しでも進捗しんちょくが遅れようものなら、最悪の場合、当日に間に合わない可能性だってある。

 それほど、タイムスケジュール的にもギリギリな状況なのだ。


 とはいえ、特にこだわらなければ、多少の余裕も生まれるだろう。

 所詮は高校生の出し物だ、出来栄えなんてたかがしれている。


 しかし、そうはさせないのが黒谷だ。

 昔から行事には積極的に参加し、周りに悟らせないほどの作業量を平然と一人でこなし、イベントを成功させてきたような女だ。

 今回も例に漏れず、彼女は全力で、妥協を許さず、取り組んでいくのだろう。


 真剣に。

 前向きに。


 腐った目を持つ俺にとって、そんな彼女の姿は、とても眩しい。


 まあ、それは俺に限ったことではなく、黒谷と接した奴はみんな、その眩しさに当てられ、そんな気分になるのだ。


 進捗が遅れているセクションがあれば、黒谷がフォローし、次の日には追いついている、なんてことがザラにある。

 気づけば予定通り、知らず知らずのうちに事が順調に運んでいく。


 そんな風にトントン拍子で完成まで進んでいけば、そりゃ誰だって楽しいだろうよ。

 無理だ、と思っていたことが、もしかしたらやれるかもしれない!と前向きな気分になるんだから。

 中には、自分たちの力だ!なんて勘違いするおめでたい奴まで出てきたりする。


 それもこれも、黒谷の異常なスペックの高さがあってこそだ。

 

 きっと『青春』というのは、黒谷のような奴のことを言うのだろう。


 真剣に取り組んで、身を粉にして困難に立ち向かって、そして、成し遂げる。

 それ以外はただの真似事で、単なる青春ごっこだ。

 薄っぺらい、絆ごっこ。


 まあ、偉そうに語れるほど、俺も大した青春を送っていたわけではないけど。

 もしかしたら、青春できない自分を棚にあげて、ひがんでいるだけなのかもしれないけど。


 なんと言うかまあ。

 ただの器のちっちゃい奴だった。


 それはともかく。


 遊んでいられない状況なのは確かだ。

 先程から、白川も後ろの席で黙々と作業をしている。


 会議が始まる前から何やら黒谷と話し込んでいたようだが、どうやらこいつの作業分担はまた別にあるらしい。

 黒谷、俺、委員長のメガネくんはクラスの模擬店の管理、白川は実行委員として委員会や生徒会、学校側との橋渡し的なポジションになっているようだ。


 とはいえ、人との関わりを避けてきた白川が、わざわざこういう場に参加していることに、俺としては、ちょっとした驚きがあった。


「お前、文化祭実行委員なんてよく引き受けたな。意外に行事に積極的なんだな」

「別に積極的ではないわよ。まあ、あなたほど消極的でもないけど、赤崎先生に頼まれたから仕方なくよ」

「なんだ、またあの人か……」


 思いっきり勘違いだった。

 ただの職権濫用だった。


「先生は先生で必死なのよ。その証拠に、ほら。私に以前の企画の資料や写真まで用意してくれたわ」


 そう言って、白川は数枚のプリントや写真を机に広げた。

 よく見ると、資料には赤ペンで改善点や注意点、新たな提案など、そこそこのボリューム感のある手直しが施されているのに気づいた。


 赤崎先生がこの模擬店に、どれほどの期待を寄せているのかが伝わってくる。

 恥じらいや大人としての威厳までもかなぐり捨て、先生は白川に託したのだ。


 その涙ぐましい努力の跡に、俺の心は、涙で濡れていた。


 ーーーーーとうとい。


 幸せって、尊いな、と思った。


「頑張るって言葉は嫌いだけど、なんというか、成功させてやりたいな」

「そうね。もしかしたら赤崎先生の青春は、これからなのかもしれないわね」


 静まる教室。

 思いもよらぬところで、俺と白川の間に、謎の一体感が生まれていた。


 まるで、今まで敵同士だった相手が、一時的に味方になってくれた時のような、そんな感覚。


 ちょっと感動した。


「まあ、こんな事で出会おうとする男なんて、きっとロクな男でもないでしょうから、あまり先生には期待して欲しくはないのだけどね」


 白川の冷静すぎる発言に、一気に感動からめた。

 もしかしたら、さっきの一体感は勘違いだったのかもしれないと思ってしまうくらい、めた。


「……それ、先生の前で言ってやるなよ。なんか、可哀想だから」

「そうね。人の色恋にあれこれ口を出すのは、野暮ってものよね」


 いや、うん、まあ。


 そういうことでもないんだけど。

 まあ、いいか。


 残念ながら、赤崎先生の儚い希望の光は、白川の一言により、見事に風前の灯火ともしびとなってしまった。

 しかも、本人のいないところで。

 なんだか、本当に不憫な人だ。


「そういえば、知っているかしら、灰倉くん。ちょうど、色恋という話題で思い出したのだけど」


 白川はいつもの調子で淡々と話題を切り替え、別段表情を変える事もなく、赤崎先生からもらった資料を眺めながら、続けた。


「私と灰倉くん、どうやら付き合っているらしいわよ」

「ぶはあっ!」

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