032
「よし。こんな感じでいいかな」
黒谷はものの30分足らずで作業工程と分担を組み、人員を振り分け、要点をまとめ上げた。
「あとは内装とか、クイズを出題する場所とか、まだまだ決めなきゃいけないことがあるけど、そろそろ私も部活いかないとまずいから今日はこの辺で。あ、もし大丈夫なのであれば、私抜きで色々決めておいてくれるとありがたいかな。その方が効率もいいし、みんなの意見も聞いておきたいしね。そういうことだから灰倉、あとで報告よろしくね」
そう言って、黒谷は教室を足早に出ていった。
ごめん、僕も……と委員長のメガネくんも黒谷に便乗し、さらりといなくなってしまった。
思わぬ形で、教室に2人。
なんというか、非常に気まずい。
天体観測の日以来、特にこれといって白川との間に何かあった訳でもないのだが、『あなたを監視します』と宣言されてから、背後からの殺気に怯えている毎日である。
心配しなくとも、こんな八方塞がりの状況でサボろうだなんて、微塵も思っていない。
少しは信用してほしいものだが―――――。
「はあ」
面倒事の多さに、思わず溜息が出た。
まあ、そう簡単な話でもない。
俺はこれから、こいつに『信用』してもらわなきゃならない。
その為に出来ることといえば、サボらないことと、暴言を受け止めることなのだが……。
「私の前で溜息をつかないでと、前にも言ったと思うのだけど」
後ろを振り向くと、ノートにペンを走らせながら、こちらを見向きもせずに白川が言う。
続けて。
「覚えていないのなら、そのまま息の根を止めることに」
「い、いや、覚えてるって!悪かったよ」
なんで溜息しただけで息の根を止められそうになってんの、俺。
日々、こんな罵詈雑言を受け止めなきゃいけないだなんて、自分で決めたこととはいえ、どうかしている。
「そういえば、誰に許可をとって息を吐いているのかしら」
「ちょっと待て。息を吐くのにもお前の許可がいるのか?」
「当たり前じゃないの」
普通に肯定しやがった。
「なんでだよ!」
「私はあなたの監視役なんだから、当然じゃない」
「いやいや、全然当然じゃないって!さも当たり前の義務のように言ってるけど、呼吸まで管理するやつなんかいるもんか!」
「あなたが今日一日、私に無断で呼吸した回数は19,234回よ」
「本当に管理している人いたー!」
「残念ながら、あなたの呼吸回数は2万回を数えることなく、止まってしまうのだけどね」
「マジで息の根止めに来てるじゃねえか!」
「まあ、冗談だけど」
「だからお前の冗談は冗談に聞こえねえんだよ……」
なんでこの人は事あるごとに俺の命を終わらそうとしてるんですかね?
いくら男に対して、積年の恨みがあるとはいえ、それを俺にぶつけるのは筋違いだろう。
全く。
俺はサンドバックじゃないんだよ。
「灰倉くん、遊んでないで仕事をしなさい」
「………」
理不尽を、体現したような女。
いや、むしろ、理不尽という言葉を擬人化したら、こんな女になるに違いない。
こいつは昨今の擬人化ブームに、一石を投じる存在になりそうだ。
とはいえ。
もうほんと、嫌だこいつ。




