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文化祭。
言わずと知れた、学校行事の中では定番中の定番イベント。
通常、11月の文化の日あたりで文化祭を行う学校がほとんどの中、うちの高校は毎年、期末テスト前の6月末に行われている。
なぜ11月開催じゃないのかというと、一説によると、10月に予定されている修学旅行に関係があるらしい。
旅行に行くのは二年だけだが、旅行の準備と文化祭の準備を並行して時間を確保するのが難しいということのようだ。
そんなこんなで、一ヶ月後に迫った文化祭を前に、俺にはとてつもなく面倒で、逃げ出したくなるほどの困難が立ちはだかっていた。
「じゃあ、まずは役割分担を決めなきゃね」
副委員長の黒谷理緒がその場を仕切り出す。
放課後、教室に残っているのは彼女と、俺と、クラス委員長のメガネくん、そして、文化祭実行委員である白川の4人。
以前、俺が学校をサボっている間に決まった『学校縦断ウルトラフィーリングカップルクイズ』の模擬店を出すにあたって、分担や作業の日程を組もう、というのが今回の会議の目的なのだが、ちょっと考えてほしい。
委員長と副委員長、それに、実行委員の白川が会議に参加するのはわかる。
で、なんで、一切関係のない俺まで参加しているの?と疑問に思うことだろう。
言っておくが、俺が文化祭に意欲的に参加しているなんてことは決してない。
やる気なんて毛頭ない。
面倒事を嫌う俺が、わざわざこんな面倒なことを引き受けるはずがない。
ではなぜ、この場に参加させられているのか。
察しのいい人ならもう気づいているだろう。
全て、あの人の仕組んだことだったーーーーー。
天体観測を終えた帰り道、車内で先生に模擬店の概要を聞いていると、それは突然告げられた。
「要は来場者に番号を渡して、同じ番号の相手を探すって話ですか」
「ばか!今回の企画はそんな簡単な話じゃない!フィーリングカップルだぞ!運命の相手を探す絶好のチャンスなんだぞ!」
嬉々として、というか、鬼気として、先生は語り出した。
どうやら以前出店した際、普通に番号を配るだけではなかなかカップル成立には至らなかった為、今回は学校の各所でクイズを出し、それに正解すると、相手の特徴や、その日どこに訪れる予定かなどを知ることができるというシステムにして、出会える可能性をアップさせよう、というのだ。
もちろん、特徴など、ヒントになるようなものを残すかどうかは、本人の意志で自由に選択できるらしい。
で、うまく出会えたカップルには写真撮影と学内で使える優待券をプレゼントするといった、思ったよりも大規模な企画内容だった。
ていうか、あんたがガチで出会い探しにきてるじゃねえか。
必死か。
「―――――と、そんなわけだから灰倉、頼んだぞ」
「は?なんで俺なんですか」
「ああ、言ってなかったな。文化祭当日は黒谷が県選抜の合宿で参加出来ないから、その代わりをお前が務めることになった」
「え?いや、なんでですか!」
「それはお前がサボるからだ」
「そ、そんな理不尽な……」
因果応報、という黒谷が放った言葉が、今になって身に染みた。
こんなことなら、サボらないでちゃんと授業を受けていればよかった。
過去に戻れるのなら、あの日の俺を殴ってやりたい。
「これで、当分の間はサボれないな」
そう言って先生は嬉しそうに、俺の落胆の大きさなど気にも留めずに笑うのだった。
これから当日まで、放課後は準備に費やされ、サボれば俺に夏休みはなくなり、その上、白川が後ろの席から俺を監視しているという、地獄のような日々。
もはや俺に、自由などなくなっていた。
何この超監視社会。
望みを絶つと書いて、絶望。
社畜って、こんな感じなのかな。
働くって、大変だな……。
文句を言わず、日々働きに出ている父親の苦労が少しだけわかった。
そんなわけで、黒谷の代役として、俺も今回の会議に召集されているわけだった。
代役と言っても、当日までの準備や進行など、ほとんど黒谷が進めてくれるようなので、実際に俺が担当するのは当日、黒谷の代わりに諸々の管理を任されるだけなのだが、全くと言っていいほど、出来る気がしない。
だいたい、俺なんかより適任な奴がクラスに何人もいるだろう。
俺がサボれないことをいいことに、こんなところへねじ込みやがって。
鬼だ、鬼。
ぶすっと片肘を立てて外を見ていると、黒谷が俺を注意する。
「ちょっと灰倉、聞いてる?」
「ああ」
「本当に大丈夫なの?作業工程も分担も、一応、私が組んでおくけど、実際に準備に取り掛かった時に管理するのは灰倉の仕事なんだよ?」
「は?なんで?」
「なんでって、私、部活あるし」
「な、え、そんな、嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。委員長だって将棋部だから、毎回は準備見れないし。灰倉がしっかりやってくれないと、文化祭に間に合わないよ」
「なんで俺が……」
「灰倉は帰宅部じゃん」
「それなら白川だって」
「白川さんは実行委員だから別に仕事があるのよ。諦めてしっかりやることね。それが一番手っ取り早いと思うけど」
俺の性格を理解した上でなのか、これ以上の議論は意味はないと言わんばかりに、黒谷がしたり顔で言う。
面倒なことが嫌なのであれば、早めに片付けろってことか……。
「……わかったよ。やりゃあいいんだろ」
「よろしい」
そう言って、満足そうに黒谷が笑う。
はあ。
本当、面倒なことになった。
正直、こういうクラスで団結して頑張ろう!みたいなイベントには極力参加したくないのだ。
これこそ、くだらない青春ごっこだ。
みんなで団結して、何かを目指すのは素晴らしいことだ、なんて思っているのだろうが、俺は全然そうは思わない。
一番嫌いなのは、普段から周囲に威圧的な態度を取っている奴が、行事やイベントごとになった途端、協調性を乱すなよ、とか、お前のせいでみんなの輪が乱れる、とか言うやつな。
お前が言うなよ、とツッコミたくなる。
それに、そんな風に何かに打ち込めるなら、普段の授業とかテストとかも頑張れよ、と言いたい。
言わないけど。
とにかく、イベントの時だけ粋がっている連中を、俺は見ていられない。
青春に酔っているその姿が、実に滑稽だ。
だから俺は、普段から頑張らない。
もちろんイベントも、頑張らない。
それが俺のポリシー。
……と、言いたいところだったのだが、そうもいかなくなった。
多分、頑張らないとマジでやばい。
いや、頑張っても、どうにかなるようなものではないかもしれない。
当日だけならまだしも、準備全般で黒谷の代役というのは、俺にとっても負担が大きすぎることだった。
それほどまでに、黒谷理緒という女のスペックの高さは異常なのである。




