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「か、監視?」
どうしてそういうことになるんだ。
「実のところ、私も私で、赤崎先生からあなたがサボらないように監視をしてくれ、と頼まれていたところなのよ。いくら先生からの依頼とはいえ、面倒なことこの上ないから、断ろうと思っていたのだけど、そう言うことなら、あなたが私の信用を勝ち取れるかどうか、監視して判断することにしたわ」
何だか、とてつもなく変なところへ着地してしまったようだ。
というか、監視って。
デンジャラスなワードランキングがあれば、割と上位に食い込んできそうなワードだぞ。
あの人もあの人で、なんてこと考えてやがるんだ。
「あの、白川さん。監視は流石に行き過ぎじゃないですかね」
「仕方ないじゃない。元はと言えば、あなたがしょっちゅうサボるのがいけないのよ。赤崎先生だって担任とはいえ、常に教室にいるわけでもないし、私があなたの後ろの席だからと言う理由だけで頼まれたのだから。本当、いい迷惑よ」
いや、なんかもう、ほんとすみません。
「次、サボろうとしたら全力で止めろと先生から指示が出ているから、その時は容赦しないわよ」
「怖い。怖いって」
「サボろうとする意志がなくても、不穏な行動だと私が判断すれば、即刻、対応措置を取らせてもらうから、そのつもりで」
マジか。
まあ、次サボれば夏休みが無くなると脅されている手前、易々とサボろうとは思っていないのだが……。
「ち、ちなみに、サボろうとしたら、どうするつもりなんだ?」
「そうね。とりあえずこれで攻撃かしら」
そう言って、白川はスカートの右ポケットからボールペンを出してきた。
「なんだ、ただのボールペンじゃないか」
先ほど、ポケットに手を忍ばせ、伝家の宝刀と言っていたのは俺をビビらせるためのハッタリだったか。
というか、攻撃って。
あまりにも過激な発言だけど、大丈夫か?
文房具は攻撃するためのアイテムじゃないからね。
「そのボールペン、まさか俺に刺すとかじゃないだろうな」
「当たらずも遠からずね」
「じゃあ、何に使うんだよ」
「こうするのよ」
そう言って、白川はペン先ではなく、ノックボタンの方を俺の額にくっつけ、押し込む。
すると、バチっという炸裂音とともに、額に衝撃と痛みが走る。
「いっ……!」
額を押さえ、しゃがみこむ。
一瞬、何が起きたのか理解できず、ただ呆然と、白川を見上げる。
「ふうん。思ったより効くのね、これ」
「何しやがる!」
「ビリビリペンよ。知らない?ドッキリでよく使うやつよ」
「ペンの説明は求めてない!何で試したのかって聞いてるんだ!」
「あなたが何に使うか聞いてきたから、実演してあげたんじゃない」
悪気などひとかけらもなく、さも当然のように、白川は言う。
悪魔か、こいつは。
「……普段からこんな危ねえもんを持ち歩いてやがるのか」
「最近買ったのよ。護身用としてちょうどいいかと思って」
最近かよ。
代々伝わる伝家の宝刀じゃねえのかよ。
「護身用ってお前な……」
「自分の身は自分で守る時代なのよ。特に、私みたいなか弱い女の子は、ね」
か弱いかどうかはともかく。
自分の身は自分で―――――か。
確かに、これまで白川と接してきて思ったことを振り返れば、頑固と言うか、意志の強さと言うか、本当に、赤崎先生の言うように、全て自分で何とかしようとしている節がある。
まあ、彼女の本意など、俺は知る由も無いのだが。
「どうしてもサボりたいのであれば、私を倒してからにしなさい」
「なぜ急に敵役のセリフを」
「私に勝負を挑んだ時点で、あなたに命はないけど」
「サボるために命を落とすのか、俺は!」
「ある日、あなたが学校へ登校し、授業を受けていると、あなたが大切に保管していた紙媒体が資源ゴミに出されていたことを知る。そして、紙媒体を救うため立ち上がるが、行く手を私が阻む。そこであなたは私に倒され、紙媒体を救うことができず、人生のどん底を味わう。果たして、彼の運命やいかに……、という物語なんてどうかしら」
「どうかしら、じゃねえよ。普通にねえよ、そんな物語」
「じゃあ、もし本当に、あなたの大事な紙媒体が資源ゴミに出されていたらどうするの?」
「甘いな。そもそも俺はそんなヘマはしない。なんたって、バレないようにカモフラー……じゃない。俺はそもそも持っていないから、物語にすら」
「やっぱり持っているのね。不潔だわ。近寄らないでくれるかしら、変態」
「ぐはあ」
まんまと嵌められた。
この女、マジで容赦ない。
「あ、ドMなあなたには暴言もご褒美みたいなものだったわね。私としたことが、迂闊だったわ。反省ね」
「反省するのはそこじゃない!あと、ドMでもない!」
一体何回やるんだ、このやり取り。
「……本当、大事なものってなんなのかしらね」
潮風が、彼女の背後から吹き抜ける。
唐突に、投げ出された言葉を拾うのに、時間がかかった。
それが俺に対してなのか、はたまた独り言だったのかも判断がつかないまま、白川は続けて言った。
「中学2年の夏休み前に、私は、クラスメイトに乱暴されそうになったのよ」




