027
「お、おう、なんだ白川か。どうした、急に」
足音がなかったから普通にびびった。
こいつ、マジで暗殺一家なんじゃねえの?
「どうしたもこうしたもないわ。あなたが戻ってこないから、私が探す羽目になったのよ。勝手な行動を取らないでくれるかしら、煩わしい」
「あ、はい……。すみません」
めっちゃ罵られてるううううう。
まさかこんなに怒られるとは思わなかった。
だって俺もう高校生だよ?
単独行動ぐらい大丈夫な年頃だよ?
「今、単独行動しても良いだろう、って思ったでしょう?」
「な、なぜわかった!」
「ミジンコが考えそうなことなんてお見通しよ」
「俺が単細胞だとでもいうのか!」
「ミジンコは多細胞生物よ」
「oh……」
完全敗北。
そんな冷静に訂正されると思ってなかったから普通にショックだわ。
勉強って、意外と必要な場面があるんだな。
それはいいとして。
「なんでここがわかったんだ?」
「トイレの前にあんな看板が立っていれば、誰だって寄り道しているだろうと容易に想像がつくわ」
……完全に俺の行動を読まれていた。
自分のミジンコっぷりが嫌になるわ。
「……じゃあ、そろそろ戻るか」
階段を数歩下りたところで、白川が先程とは違ったトーンで言った。
「赤崎先生から私のこと、聞いたのよね?」
予想だにしない白川の発言に、足が止まる。
「助けてくれるって、本当なのかしら?」
半身を後ろに向け、彼女を見上げる。
暗がりの中で見えたのは、相変わらずの無表情だった。
「助けるっていうか、それは……」
「返答次第では、白川家に代々伝わる伝家の宝刀をお見舞いすることになるけど」
そう言って、彼女はスカートのポケットの中へ右手を忍ばす。
伝家の宝刀とやらが何なのかは知らんが、俺の危機察知能力が間違いなく、それはやばいやつなのだと察知した。
「いや、その、勝手に昔の話を聞いたのは悪かった。謝るよ」
「別に、あなたの謝罪が聞きたいわけじゃないのよ。私を助けるのかどうなのか、それが知りたいだけなのだから」
ただ無機質に、言葉を放つ白川。
「ま、まあ、その、なんだ、助けるだなんて大袈裟なことは言えないけど、お前の力になろうとしているのは本当だ。それは嘘じゃない」
「それを、証明できる?」
「証明って、何すればいいんだよ」
「じゃあ、契約書でも書いてもらおうかしら」
「契約書って……」
「まあ、契約書に限らず、要はあなたが裏切らないという証拠さえあればいいのよ。借金をするのにも、担保とされるものが必要でしょう?それと同じよ」
「高校生の会話とは思えないな……」
「それで、あなたは何を担保として、私の信用を買うの?」
白川はポケットに手を入れたまま、眼鏡の奥にある怜悧な瞳で俺を見下す。
「逆に、何を担保にしたら、お前の信用を買えるんだよ」
「そうね。あなたの大事にしているもの、とか」
「大事なもの、ね」
「何かないのかしら。命とか、家族とか、宝物のDVDとか」
「二つめまでは納得できるが、最後のやつはなんだ」
「童貞は一つや二つ、命よりも大切なDVDがあると聞いたことがあるわ」
「そんなの聞いたことねえよ!それに、俺はそんなの持っていない!」
「なるほど。映像よりも紙媒体の方が好みだ、ということね」
「一言もそんなこと言ってない!行間を読みすぎだ!」
「冗談はともかく、いくら先生があなたを信用しているからと言って、私も同じようにあなたを信用する、なんてことにはならないのよ」
相変わらず、滅茶苦茶なやつだ。
勝手で、自由で、歯車の狂ったような女。
「だから私は、あなたが私に賭けられるものの大きさを計りたい。その大きさの分だけ、私はあなたを信用することができる」
―――――信用、か。
そんなもの、在って無いようなものだ。
「なら、白川。無理して俺のことなんて信用しなくていい。残念ながら、俺には命を賭けたり、家族を賭けたりなんて、現実味のない約束はできない。ましてや、俺の大事なものがお前にとっても大きなものになるとも限らない。だから―――――」
一呼吸置いて、覚悟を持って、俺は続けた。
「お前は俺を信用しなくていい。疑ったままでいい。お前が俺を信用しなくても、俺はお前に力を貸すと誓う。嫌なのであればもう一度、関わらないで、と言ってくれて構わない。それでも俺は、俺にやれることをお前に返していくと決めた。迷惑にならない程度に、力になるって決めたんだ。実際、具体的な案があるわけでもないから、本当にお前の力になれるかどうか、怪しいところではあるけど、なんてゆーかその……」
いかん、見切り発車したせいで、話がまとまらない。
相変わらずのアドリブの弱さ。
「と、とにかく!信用するかしないかは、今後、俺の行動を見た上で、お前が判断をしていけばいいと思うんだが……どうだろうか」
強引に話を持って言った結果、思いっきり尻すぼんだ。
締まらない男。
これで、何か彼女に伝わったのだろうか。
正直なところ、赤崎先生から白川の過去の話を聞いて以降、俺は白川に対してどう接していけば良いのか全くわからなくなっていた。
男性恐怖症という事実を知った今、自分から白川に近づく、という選択肢は白川にも負担が伴うだろうという判断から敬遠していたことだった。
さらに言えば、協調性もコミュ力もない俺が白川の抱える問題に対して、周囲に情報を聞いて回ったり、誰かに協力を求めたり、そんな独自の調査や対応ができるわけもなく、現状として、八方塞がりな状況であった。
しかし、先生に大見得を切った手前、投げ出すわけにもいかず、苦肉の策として、ただ様子をみるという、問題を先送りにした方法で何かしらの解決の糸口を探していたところだった。
そんな状態で、俺を信用しろだなんて、言えるわけがない。
例え、白川の信用を勝ち取ったとしても、何も出来ないのなら、そこには失望しか残らない。
ならば、最初から信用なんてなくていい。
白川は白川自身の目的の為に。
俺は俺自身の目的の為に。
それぞれが、それぞれの目的の為に、動けばいい。
「……そう。あなたはそう考えるのね」
少しの沈黙を挟み、白川がぼそっと呟くように言った。
そして、いつもながらの平坦な声で、言った。
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら、私はあなたを監視することにします」
「え?」




