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「よし、これで準備完了だ。観測は櫻井に任せる。頼んだぞ」
「ありがとうございます。2人も手伝ってくれてありがとね」
そういって、櫻井先輩が微笑む。
正直なところ、この丘の上公園までの道のりが結構辛かった。
駐車場からちょっとした山道を登るのだが、それを重い機材を持ってとなると、このもやしのような肉体を持つ俺にとっては乳酸地獄だった。
おかげでもう腕が上がらない。
明日起きたら間違いなく筋肉痛になってるレベル。
普段から楽をする為に怠けていた代償か。
まあ、先輩の笑顔も見れたわけだし、良しとしておこう。
それよりも。
「あの、赤崎先生。さっきのクラスの模擬店……」
「とりあえず、乾杯でもするか!櫻井、飲み物はあるか?」
「あ、はい。えっと、コーヒーと、紅茶と、緑茶と、オレンジジュースがあります」
なんか始まっちゃったよ。
宴会でもする気か、この人は。
一面芝生が広がるだだっ広い公園には、たった4人だけ。
駐車場の近くにはテニスコートが併設されていて、大学のテニスサークルなどが合宿で使用したりするらしいが、そんな時期でもない上に、なんの変哲もないただの平日の夜に、地元民もわざわざ来ることもないのだろう。
公園の周囲には背の低い木々が街の灯りを遮断し、頭上にはぽっかりと穴が空いたように、雲ひとつない紺碧の空が広がっていた。
俺に飲み物を選ぶ権利はなく、レジャーシートの上に残っている緑茶に手を伸ばした。
―――――まあ、文化祭の件はひとまず置いておくか。
赤崎先生が「宇宙に乾杯!」という謎の音頭を取り、ようやく天体観測が始まった。
とは言っても、観測者は天文部である櫻井先輩の仕事なので、俺や白川はもうほとんど、これと言ってやることはない。
ただ漫然と、バカみたいに広い空を眺めるだけだった。
気づけば、3人はガールズトークに花を咲かせていた。(先生をガールとry)
なんだかんだ言って、白川も先輩と打ち解け始めているようだった。
それもこれも、先輩の気配りがあってこそだ。
飲み物のチョイスにしても、誰がどれを選んでも良いようにバランスよく選んでいる。
そういう気配りができる分、相手の気持ちを理解することに長けているように思う。
空気が読める、というやつだ。
ということで、俺も空気を読んで、散歩に出かけようと思う。
3人の会話を邪魔するのも悪いしな。
シートから立ち上がると、先生がこちらに気づいた。
「ん?灰倉、どうした?」
「いや、ちょっとトイレに行こうかと」
「ああ、それなら合宿所の方にあるはずだ。暗いから気をつけろ」
陽も沈み、辺りはすでに暗くなっていた。
芝生を囲む舗装された道の脇に数本の街灯があるだけで、その僅かな光によってかろうじで足元が見えるくらいだった。
トイレから出ると、なんとなく見覚えのある看板が立っているのに気づいた。
『この先 色波展望台』
展望台か。そういえば、そんなのもあったな。
小さい頃、遠足かなんかで来たことがあったような気がするが―――――あんまり覚えてない。
行ってみるか。
木々に囲まれた薄暗い小道を抜け、石積みの階段を登り切ると、視界が開けた。
整備されたタイル製の大階段。
その真ん中にデカデカと『色波展望台』と書かれた看板が見えた。
昔はもう少し荒廃していたような気もするが、建て直しでもしたのだろうか。
気持ち、綺麗になっている気がする。
躓かないように、足元を見ながらゆっくりと大階段を上がる。
登り切って、その景色を目の当たりにした俺は、息を呑んだ。
眼下には、砂浜に沿って並ぶ街灯、中心街に密集する光、空の暗闇を反射する大海原が広がっていた。
これが、自分の住んでいる街。
こんな風に見下ろすのは、何年ぶりだろう。
前にここへ来たのは明るい時間だったし、視力もぼやけたままだったから、ただ海と空の青だけが印象的だった。
コンタクトをしてはっきりと焦点が合っている今、俺はその景色に少し驚いていた。
海と山しかない不便な土地。
コンビニへ行くのにも車。
電車は一時間に一本。
なんの変哲も無い、ただの田舎町。
そんな風に思っていたが、それも悪くない。
静かで、平穏。
都会の喧騒に憧れていた時期もあったが、これはこれで、性に合っていると自分でも思う。
「何してるの」
突然の声に、体がビクッと反応した。
振り返るとすぐそこに、白川の姿があった。




