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025

「赤崎先生、これは一体どういうことですか」


 後部座席から棘のある声音で白川が言う。


「何がだ?」

「助手席に本来ならこの世にいてはならない存在の人が見えるのですが、気のせいですか?」


 え?まじで?助手席……って俺じゃん。


「なんだ白川、こいつが見えるのか」

「え?えっ?」


 若干一名、怯えてる人がいるんですけど。


「いや、普通に実在してますから。先生も冗談はやめてください」

「ひっ」

「ははは、すまんすまん。こいつはただの荷物持ちだ。気にしなくていい」


 ちょっと、ただの荷物持ちって。

 俺はポーターか何かですか?


 白川は白川で俺の存在を亡き者にしたと思ったら「そうですか」の一言で興味なさそうにしてるし。


「そ、そうですよね!だってさっき機材運んで自己紹介もしてたもんね!えっと―――灰……灰……」

「灰倉です」

「そうそう!灰倉くん!あ、白川さんには自己紹介してなかったね。私、櫻井千華さくらいちか、こう見えて3年だよ。よろしくね」


 小柄で可愛らしいその姿からして、高校一年、いや、服装によっては中学生でもいけてしまいそうな幼さが残る先輩であるが、そのあどけない容姿とは裏腹に、ある部分において、それはもう立派なものをお持ちでいらっしゃる。

 あえて、どこの部位が、などと無粋なことは言わないでおこう。


 櫻井先輩のお父さん、お母さん。彼女は立派に成長しています。

 ありがとうございます。


 ただ、ちょっと引っかかるのは、白川の名前はスラスラ出てきたのに俺の名前は全然覚えてくれてなかったことと、俺が喋ったら小さい声で「ひっ」って言っていたのが気になってます。


 ……そんなに存在感薄いですかね、俺。

 よく目を凝らして見ると実はうっすら透けてるとかないよね?


 心配になって自分の手が透けていないか確認していると、後ろは後ろでガールズトークに花が咲いていることに気づいた。


「白川さん綺麗な黒髪だねー。何かいいお手入れとかしてるの?」

「いえ、別に」

「そ、そっかあ…。あ、お肌も白くて綺麗だね!化粧水とか何使ってるのー?」

「別に」

「そ、そっかあ…。そうだよねー。あはは……」


 全然花咲いてなかった。

 先輩がわざわざ気を使ってくれているというのに、白川のその返答はあまりにも残酷すぎる。


 相変わらず、周囲を寄せ付けない態度は健在だった。


「その……、なんかごめんね。天文部じゃないのにわざわざ来てもらって」

「別に、構いません。先生からの頼みなので無下にも出来ませんし。ただ…」

「ただ?」

「あの男がいるというのは予想外でしたけど」


 あの男、とは紛れもなく俺のことだろう。

 なんたって車内で男は俺1人だけだからな。


 ん?待てよ?

 女子3人(赤崎先生も女子と呼んで良いのか、という質問は無視)に対して男1人。


 これ、もしかしてハーレム展開とかいうやつか?


 さてはこれからハプニングが起きて、胸キュンな展開が待っているとか!

 その可能性も十分に……。


 ……ないな。うん。ない。


 ハーレム展開なんて二次元ならまだしも三次元でありえるはずがない。

 そんな簡単にハーレム展開を迎えられるなら、こんな腐った日常を送ってはいない。


 日常的に担任に呼び出されてはこき使われる日々。

 後ろの席の女子生徒に罵られる日々。


 何、そのアイアン・メイデンみたいな青春。


 そんな絶望しかない日々にハーレムなんて輝かしい未来など、到底信じられるわけがない。

 希望は、希望でしかない。

 まれなる望み。


 あーあ。

 誰か俺を二次元の世界に連れてってくれないかな。


 イラスト描いてもらって、二次元に入り込んで、声優さんが俺の声を吹き込んでくれたら最高なんだけどなー。


 ………。


 なんて。


 べ、別に、アニメ化とか期待してるんじゃないんだからね!

 作者にそんな野望があるとか、全然思ってないんだからね!


 ………よし、これくらいフォローを入れておけば十分だろう。

 

 理想と現実の狭間に思考を巡らせていると、後部座席ではまだ2人の会話は続いていた。


「2人は知り合いなの?同じ学年だし」

「いえ、知りませんけど」


 何しれっと嘘ついてんの、この人。


「白川」


 と、すかさず先生の一言。


「クラスメイトです。一応」


 先生に対しては素直なのな。

 あと、一応ってなんだ。


「あ、同じクラスなんだー。いいねー」

「良くないです」

「あはは、手厳しいね」


 なんとなくではあるが、櫻井先輩も白川の性格を理解し始め、打ち解け始めているようだった。


「そういえば、白川さんのクラスは文化祭の模擬店で何やるとか決めたの?」

「一応、先日のHRで決まって、今は学校側に申請中です。まあ、その案が承認されるかはわかりませんが」


 え?嘘だろ?

 俺は後ろの会話を盗み聞きしたと思われないように、赤崎先生に小声で尋ねた。


「ちょっと先生、いつの間に模擬店なんて決めたんですか。俺聞いてないですよ」

「だろうな。この間、お前がサボった日に決まったからな。知らないのも当然だ」


 俺の気心など意にも介さないほど、いつも通りのハキハキとした声量で先生は言う。


 ぐっ……。

 先生のせいで後ろの会話が止まってしまった。

 お願いだからこっちに注目しないで。

 今、軽めの説教されてるところだから。


 結果的に会話泥棒になってしまったが、この際仕方ない。

 後部座席の会話を引き継ぎ、先生に問う。


「……何に決まったんですか?」


 赤崎先生は嬉々とした表情を浮かべながら、こちらを見ずに言った。


「学校縦断ウルトラフィーリングカップルクイズだ」


 何その頭悪そうな企画。

 うちのクラスが何を目指しているのか、もう俺にはわからなかった。


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