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022

「だから、白川さんと付き合ってるんでしょう?噂になってるよ」

「ばか、違えよ!どうしてそんなことになってるんだよ!」

「え?違うの?だって昨日の昼休み、手をつないで歩いてたとか、先輩から白川さんを守ったとか、そんな話だったよ?」

「いや、それは誤解……、でもないんだけど、合ってるけど違うっつーか……」

「言ってる意味がよくわからないけど」

「とにかく!誤解は誤解だ。俺は白川と付き合ってなんかいない!一体、誰がそんな噂を……」

「普通にクラス中で噂になってたよ。ツイッターに写真まで載ってたし」

「写真まで!?」


 なんかもう、俺の中で試合終了のゴングが鳴り響いていた。

 SNS怖い。

 今なら文○砲の餌食になった芸能人の痛みが良くわかる。


 これからはきっと、いわれなき迫害を受ける運命が俺を待っているんだ。

 オワタ。


「気付かなかったの?」

「全然。そもそも、ツイッターなんてやってないし」

「まあ、そうだよね。とりあえずその写真はもう消えてるけど、すでに色んなところに拡散されちゃってるかもね」


 消えているのは良かったが、そんなにすぐ拡散されるものだとは思ってなかった。

 これなら他校の生徒にまで情報が広まるのも無理はない。

 最先端テクノロジー恐るべし。


「……ちなみにその写真、どんな感じの映りだったんだ?」


 映り方次第では、まだ言い訳の余地くらいはあるかもしれない。


「白川さんと灰倉が手を繋いでいるところ」

「ぐはあっ」


 無理。無理だ。

 そんな決定的なシーンじゃ言い訳のしようがない。


 恥ずかしい。

 恥ずかし過ぎて耐えられない。


「恥ずかしにしそうだ……」

「そういうの、愧死きしとか慚死ざんしって言うんだよね」

「そんな豆知識は必要ない」


 今日マジ慚死ざんししそうになったわー、とか言うのだろうか。

 日常会話で使うにはちょっと無理がある気はするが。

 その古臭く、堅苦しい単語の印象から、お前何時代の人だよ、とツッコミを受けそうだ。

 挙句、あだ名が『市中引き回し』になるところまで容易に想像がつく。


 いや。

 流石にそこまでは深読みし過ぎか。

 発想が先進的過ぎてほとんどの人を置き去りにしてしまいそうなほどの深読みだった。


 ……というかそもそも、俺にツッコミを入れてくれるほど、仲のいい相手なんていなかったわ。

 深読みどころか、ただの妄想だった。

 写真のことが恥ずかし過ぎて、思考がパニックになっている。

 マジ慚死ざんしだわー。


「とは言っても、それほど落ち込まなくても大丈夫だと思うけど」

「は?なんで?」

「だってその写真、結構ぼやけてたから知っている人じゃないとわからないくらいの感じだったよ。それに、呟き自体に載っていたのは白川さんの名前だけで、灰倉の名前は載ってなかったし」

「そ、そうなのか?」


 そのことに少しだけ安堵した。

 白川には悪いけど。


「うん。その代わり、この男は誰だとか、リプライですごいことになっていたけどね」

「どっちにしても俺、殺されそうだよ!」


 全然安堵できていなかった。


「で、なんで付き合ってるとかそんな飛躍した噂になってるんだよ」

「クラスの友達がちょうどその現場を目撃した子がいたからね。私はその子から直接聞いたんだけど、その時点ですでに付き合ってることになってたよ」

「なんだそりゃ……」

「それで今日学校に来たら、いつの間にかクラス中に広まってたかな」


 クラス中……。

 白川のことならまだしも、俺まで噂の対象になっていただなんて……。


「……勘弁してくれ。俺はそんな注目の的になんかなりたくないんだよ。平凡で普通なのが俺の立ち位置なのに」

「いやいや、灰倉は十分目立ってるよ。主に悪い意味で」

「は?なんでだよ」

「だってよくサボるでしょ?普通の人はそもそも授業サボらないし」


 もっともなご意見でした。


「いや、だって、クラスのみんなは俺のことなんか気にしてないだろ。目立ってるなんて信じられるかよ」

「まあ、気にしてないっていうか、ただ近寄りがたいだけだと思うよ。特に窓際の二人」

「二人?」

「そう。灰倉と白川さん。なんかそのゾーンだけ妙に殺伐とした空気が流れているというか、近づくなオーラが半端じゃないというか。数式で表したら(1.5+0.5)の2乗で、二人合わせて4倍のオーラを発している感じかな」

「ちょっと待て。なんでわざわざ数式で表すんだよ。それに、1.5と0.5って、どっちがどっちなんだよ」


 まあ、聞かなくても大体予想はつくけど。


「あらゆる物事は数字で表すことができるんだよ。その証拠に、今の情報化社会は全て数字で管理してるしね。だからより明確に、捉え難いオーラという雰囲気を数字で表してみようかなって思っただけだよ。ちなみに、0.5は灰倉のオーラちからね」

「俺は1にも満たねえのかよ!」


 案の定な結果だった。


 黒谷の言うとおり、数値化したら俺の小物感がより明確に表せてしまった。

 数字の情報ってすげえな。


 いや、感心している場合じゃなくて。

 てか、オーラ力とか古過ぎだろ。

 何年生まれだよ、お前。

 く言う俺も、別段詳しいわけでもないけど。


「まあとにかく、二人は悪目立ちするから大人しくしていた方が良いと思うよ。副委員長としても、クラスのゴタゴタは見過ごせないし。変なトラブルに巻き込まれるのは灰倉の専売特許だから心配だしね」

「俺をトラブルメイカーみたいに言うな。それに、オーラ力が0.5の俺にはゴタゴタにもならねえよ」

「はいはい、本当は灰倉くんのオーラ力は300ありました。よかったねー」

「そんな駄々をこねた小学生みたいに扱うんじゃねえ!」

「灰倉は細かいよね」

「お前が図太いんだよ」

「誰が太いって?」

「そんな怒るようなことは言ってない!」


 気にしすぎだろ。そんなに太ってもいないし。


 確かに、幼稚園の頃の黒谷は太っていた。

 こんなことを本人の目の前では死んでも言えないが、下手をすれば、俺よりも体重があったかもしれない。

 だが、バスケを始めてからというもの、みるみると痩せていき、現在では昔の面影など見る影もない程の容姿である。

 とはいえ、黒谷にとってはその幼少期の黒歴史を未だに引きずっているようだった。


「別に気にする程太ってもないだろう。十分細いじゃねえかよ」

「気を抜くとすぐ太るのよ。女の子は大変なんだから」

「さいですか」


 女って大変だな。

 俺なんて全然太らない体質だから親戚のおばちゃんによく心配されて、無理矢理ご飯を食べさせられてるぞ。

 ラーメン餃子セットにチャーハンをつけるとか、それ普通に二人前だから。

 そんなに食えねえっての。

 残せないから無理して食うけど。


 というか、親戚のおばちゃんとのエピソード多いな、俺。


「それで結局、灰倉は白川さんとどうなの?誤解だって言ってるけど、火のないところに煙は立たぬって言うし、何かあったの?」

「いや、別に大したことじゃねえよ。赤崎先生が白川を呼んで来いって言うから、先輩との間に入っただけだよ」

「ふうん。じゃあ噂のことも含めて話を整理すると、結局、先輩に絡まれていた白川さんを灰倉が手を引いて助けたってことでいいんだよね?」


 鋭い。

 これだから頭の切れる奴は。


「助けたって、そんな大袈裟じゃねえよ。それに、助けたのは赤崎先生だ。俺は本当に、間に入っただけで、何もしてないんだよ」

「でも、助けようとしたのは事実だよね?」


 黒谷の大きな瞳が、こちらを見つめる。

 それを直視できず、顔を逸らす。


「そんなのはどうでもいいだろ」

「……肝心なことは何も言わないよね、昔から」

「別に、お前には関係ないことだし、言う必要がないから言わないだけだ」

「………そうですか」


 そう言って、黒谷はバタンと勢いよく日誌を閉じ、席を立つ。


「……部活行く」

「ああ」


 こうして、いつも通り、俺と黒谷の会話は微妙な空気のまま終わるのだった。

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