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「あれ、灰倉?どうしたの?こんな時間に」


 黒谷理緒。


 二年五組の副委員長を務め、成績は常に学年上位、女子バスケ部の二年生エースとして活躍を期待され、その実力は県選抜への招集も噂される程の逸材らしい。

 頭脳明晰、品行方正などと持て囃され、誰もが認める優等生といった立ち位置の彼女なのだが、その肩書きに反して、見た目は今時の女子といっていいほど、女子高生らしい女子である。


 部活をやっているせいか、ボブとかいう、英語の教科書に出てきそうな名前のヘアスタイルをしているが、昔は白川のように髪を伸ばしていた時期もあった。


 何故、昔の黒谷を知っているのかと聞かれれば、あまり言いたくはないのだが、彼女とは小さい頃からの幼馴染だから、と答えるしかない。


 幼馴染といっても、アニメや漫画で描かれているような、毎朝家まで起こしに来てくれたり、一緒に登校したり、お互いの両親から将来を決められた運命の相手だとか、全くもって、そういうものではない。

 というか、むしろその逆で、現在は昔に比べて距離をとっているような微妙な感じなのである。


 友達というほど、仲が良いわけではなく、顔見知りというほど、知らない仲でもない。


 本当に、どっちつかずの微妙な感じ、なのだ。


「あ、ああ。赤崎先生に呼び出されてな。お前こそ、何やってんだよ、部活はどうした?」

「日直の仕事がまだ残っててね、終わったら部活に行くよ」

「そうか」


 ―――――無言。


 空気がとても微妙である。

 重いわけでもなく、軽いわけでもなく。


 どっちつかず。


 さっきのこと、聞いてもいいのだろうか……。


「なあ、さっき教室から男が飛び出してきたんだけど、あれは何だったんだ?」

「ああ、あれはねーそのー、ははっ、告白されちゃってさ」


 照れるように頭を撫でながら黒谷は言う。


「コクっ……!?あっ、いや、その、悪い。踏み込んだことを聞いちまって」

「いや、別に気にしなくていいよ。断ったし」


 そう言って、机の上に広げられた日誌らしきものへと視線を落とす。

 まだ書き途中だったのか、持っていたペンで黒谷は作業を再開した。


 んんっ。

 実に気まずい。


 いつからこんな風になってしまったのだろう。


 姉貴が高校生になる前くらいまで、つまりは俺達が中学に上がる前までは普通だったような気がするが。


 思い出せない。

 小学生の頃なんて、思い返しても何をして過ごしていたかなんて全然記憶にない。


 一つ確かなことは、俺と黒谷がバスケを始めたきっかけは姉貴だった、ということだ。

 三つ上の姉貴が小四になってミニバスを始め、当時、小一の俺を付き添いとして強引に連れてこられたのが事の始まりだ。

 そんな姉貴にべったりだった黒谷もつられてミニバスを始め、現在に至るわけだ。


「そんなことより、呼び出しって、まさか昨日のサボりのこと?」


 視線を下に落としたまま、黒谷が言う。


 そんなことって。

 告白なんて一大イベントだろうが。


 まあ、白川じゃないけど、こいつも昔から男子に人気があったし、『そんなこと』で片付けられるくらいのことでしかないのかもしれないけど。


「ああ、そうだよ。これ以上サボったら、俺に夏休みはないそうだ」

「あはは、ざまあみろだね」

「人の不幸を笑うんじゃねえ」

「不幸って、灰倉の場合、自業自得じゃない。因果応報だよ」

「四字熟語で俺を責めないでくれますか、黒谷さん」

「What gose around comes around.」

「え?なんだって?」

「英語で因果応報って意味」

「英語で言ってもダメだっつーの!」

「相変わらず、なりふり構わずツッコむよね、灰倉は」


 からかうように、黒谷は微笑む。

 これだから学のある奴は苦手なんだ。


「俺がそんなに易々とツッコむわけねえだろうが」

「えー、そうかな。街で見かけた不自然なものに対してこっそり心の中でツッコミをいれてそうだけどね」

「そ、そんなことはしていない」

「例えば、先日公開された映画で『幸せになるための50の法則』っていう映画があったけど、灰倉だったら『法則が多いよ!もう少し絞れよ!』とか言ってそうだよね」

「例えが具体的過ぎる!」


 あながち、間違いではないのがなんか嫌だ。

 どうにも見透かされている。


 ちなみに、それと同日に封切りされた違う映画を見ていた時、隣の席に座っていたカップルの男が配給会社の『松○』の文字を見て、「まつたけ?」と呟いた時には、さすがに勢いでツッコミを入れてしまいそうになった。

 そこで女の方が「いや、読み方違うから」とか、それくらい言ってやればいいものの、あろうことか男の発言をスルーしやがった。


 彼氏ほったらかし。

 可哀想過ぎて、本当に俺がツッコミを入れてやろうか迷ったくらいだ。

 堪えたけど。


 冷めてるのかな、カップルって意外とそんな距離感なのかなとか、冒頭の2,3分くらい俺の思考は隣の奴らに支配されていた。

 全く、迷惑な奴らだ。

 誰かと一緒にいるから、そんな風になるんだ。

 やはり、映画は一人に限るな。うん。


 それはいいとして。


「俺のことは別にいいんだよ。とにかく、さっきの男、泣いてたぞ。どうしたら高校生の男子を泣かせられるんだよ」

「んー、そんなに強く断ったわけでもないんだけど」


 人差し指を口元へ持っていき、さっきの出来事を思い出すようにして黒谷は言う。


「クラスも名前もどんな人かもわからない人に告白されても困ります、ごめんなさいって言ったかな」


 マジか。


「それ、そいつの存在自体を全否定じゃねえか……」

「え?そうかな?思ったことを言っただけなんだけど」


 そう、これが黒谷理緒。 

 悪気もなく、なりふり構わず、誤解を恐れない物言い。

 人の気など知らずに。


「お前さ、もう少し言い方とか考えてやれよ。そりゃ大の高校生が泣くわけだ」

「そんなこと言われても難しいよ、人の気持ちを考えるなんて。大体、人の気持ちが理解できていたら、こんなことにはなってなかったんだから」


 ふんっと机の上に肘をつき、顎を手にのせながらそっぽを向く。


 何で怒るんだよ。

 めんどくさい。


「怒るなって。悪かったよ。確かに、人の気持ちが理解できていれば、さっきの男も失恋しなくて済んだのにな」

「別に怒ってないし、……ばか」


 小声でよく聞き取れなかったが、とにかく、何かしらの不満を言われた事だけはわかった。


「は?なんだよ?」

「別に。なんでもない」


 そう言って、再び日誌にペンを走らせる。


 何なんだ全く。

 よくわかんねえ奴。


 俺も自分の席に着席し、筆箱やら教科書やらを鞄に放り込む。


 そういえば、こんな風に黒谷と話すことなんて久しぶりだったかもしれない。

 しかし、時間が経ったからと言って、会話が途切れた後のこの微妙な空気は未だ改善されてはいない。


 はあ。


 こんな気まずい感じになるなら最初から話さなきゃいいのに。

 そんなことを考えていると、黒谷がこちらを振り向くこともなく、唐突に言った。


「そういえば、噂で聞いたんだけどさ。灰倉って、白川さんと付き合ってるんだよね?」

「え?」


 どうしてそうなった。


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