020
―――――何とかします。
なんか俺、とんでもないこと言っちゃったよね?
うああああぁぁぁぁ。
恥ずかしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
3階の連絡通路で、俺はあまりの恥ずかしさに頭を抱えながらしゃがみ込んだ。
顔から火が出るとはこのことか、と思うくらいに顔が熱い。
辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないのを確認すると、赤面を隠すように口元を手で隠しながら、ゆっくりと立ち上がる。
こんなところ、誰かに見られたら余計に恥ずかしい。
仮に、この姿を見た控えめでお淑やかな可愛い女の子が上目遣いで「顔赤いよ?」とか首を傾げながら聞いてきたとしたら、「別に。あの夕日のせいだよ……」とか言って誤魔化すくらいに恥ずかしいレベルであることは間違いない。
……俺が言うと、なんかすげえダサいのは気のせいだろうか。
いや。
その前に、俺は何を言っているのだろうか。
いくら萌えが足りないからって、いきなりこんなところに無理矢理ぶっ込んでくるなんて、どうかしている。
しかも、物語と全然関係ない妄想で。
少し頭を冷やしたほうがいいかもしれない。
まあ、どうせ声なんてかけられないから、そんな心配は一切無用なのだが。
脳内茶番劇を終え、一息つく。
そして、平静を装いながら、再び歩を進める。
とはいえ、これはあくまで白川の為ではなく、自分の平穏の為なんだ。
きっと、白川を放っておけば、もやもやとイライラの日常が続いていただろう。
そんな面倒くさい日常は御免だ。
やるからには、途中で投げ出すわけにはいかない。
何かしらの答えを。
成果を示す、と。
そう、自分で決めたんだ。
そんな風に自分に言い聞かすことで、恥ずかしさは半減した。
ほんと、面倒な性格してるよな、俺。
にしても、男性恐怖症―――――か。
ちぐはぐな女。
歯車の狂ったような女。
―――――可愛いから、素顔を隠す。
その自信過剰な態度の裏に隠されていたのは、男性恐怖症というトラウマだった。
あの日、白川から打ち明けられた話に対して感じていた違和感も、これである程度、納得ができた気がする。
そんな彼女にとって、常に異性からの好意に晒されているという状況は、やはり、何としても避けるべき状況だったのだろう。
印象を変え。
雰囲気を変え。
周囲を遠ざけようとした。
その結果が、今の白川の現状、ということなのだろう。
断言は、出来ない。
結局、引き金となった事件の詳細なんかも聞きそびれてしまった。
まあ、先生に聞くよりも本人が話してくれるのが一番だとは思うのだが。
どうだろう。
素直に話してくれる気が一ミリもしない。
前途多難。
先が思いやられる。
今思えば、先輩に絡まれて黙りこんでいたのも、男性恐怖症のせいなのかもしれない。
やはり、根本の問題はそこだろう。
それが克服できれば、きっと、素顔を隠す必要も無くなるはずだ。
その場合、また周りがゴタゴタするのかも知れないが……。
まあ―――――それはもう知らん。
その辺の人間関係は、俺がどうこう出来る範囲を超えている。
さっさと彼氏でも捕まえて、周りに有無を言わせず、勝手に青春でも謳歌すれば良いんじゃないですかね。
そうすれば、白川は晴れてリア充の仲間入り、俺は罪悪感から解き放たれ平穏な日常に戻る。
めでたしめでたし。
よし。
最終回はこれでいこう。
―――――ん?でも待てよ。
そういえば、なんで先輩相手には黙り込んで、俺に対しては容赦なく暴言を吐いているんだ?
まさか。
それって……。
………俺を男として見ていないのか?
確かに、バカだのゴミだのと罵っていたし、そもそも、人としての扱いを受けていなかった気がする。
なんてこった。
辻褄が合っている。
皮肉にも、白川とのやり取りを分析すればするほど、俺が人として見られていないことが説明出来てしまった。
なんだこれ。
良かったのか、悪かったのか。
いや、良くないだろこれは。
そんな残念な結論に達したところで、二年五組の教室付近に到着した。
途端、勢いよく教室から男子生徒が飛び出してきた。
顔を手で覆い、さながら、か弱い女子のように泣きながら走り去っていった。
―――――?
泣きながら?
それまで、一昨日の放課後と同じような感覚がしていた。
誰もいない廊下。
静かな教室。
傾いた太陽。
俺は無意識に、期待をしていた。
そこに、白川綾音がいることを。
彼女の過去を知った今、どんな顔をして会えばいい。
わからないけど。
不安だけど。
逃げるわけにはいかない。
そんな覚悟をしていた。
しかし、そんな決意が報われることはなく、俺の視界に飛び込んできたのは、教室の隅で本を読んでいるような女子生徒ではなかった。
教室の中央の席に座り、ショートヘアで、見た目に反しての優等生、人当たりも良く、クラスの副委員長を務める、黒谷理緒の姿だった。




