八、やわらかに輝く
静けさが辺りを支配する。
雪は音を吸収してしまうとは言うけれど、藜の叫び声すら聞こえなかった。
見れない。
見たくない。
どうしてこんなことに?
そう考えても答えは見つからず、疑問と寂しさ、悲しみ、怒り、憎しみ、愛情が、どっと脳内にあふれかえって混乱する。言いようのない寒さが全身を駆け巡り、心が凍ったかのように体の芯からぐっと体温が下がったのがわかった。
だが、あまりにも長い沈黙に耐えられず、真実を確かめるためにも目を開けざるをえない。
藜は、自分たちのために、その命を捧げたのだ。
そこから目を逸らすことは、藜への冒涜にすぎない。
これは、自分が始めた物語だ。終わらせるのは、自分しかいない。
雪は涙をこらえて顔をあげる。
――と、藜のすぐ真横に振り下ろされた刀が突き刺さっていた。
雪も、雪以外のみんなも、言葉が出なかった。
当然、誰よりも驚いていた藜も、信じられないものを見たと言うようにポカンと口を開けている。
藜を見下ろした椿はそんな藜を見て、フッと口角を持ちあげ……、破顔した。
「ふ、ふふふ、ははは! いやあ、なるほどなるほど。先ほどの隊長の気持ちっちゅうんは、こういう感じやったんですね」
椿は藜に手を差し出すと、そのまま呆然としている藜を引っ張りあげて立たせる。
「なに一人だけかっこええことしようとしてるんですか。わたくしたちの隊長は、あなたしかおりません」
藜はハクハクと数度口を開けたり、閉じたりしながらようやく掠れた声を絞り出した。
「し、かし……」
「そもそも、人と妖が手を取り合う時代にしようと言うたんは、わたくしたちやないですか。あなたは隊長としてそれを受け取った。やったら、その責任を最後まで果たしてください」
椿は藜だけでなく、いまだ現状を飲み込めていない雪たちに向けても笑みを浮かべる。
「ほな、帰りましょか。誰かさんのせいで、帝都もえらいことになってますし、鎮火されたかも気になりますから。はよ行かな、他の隊員たちからも怒られますわ」
椿は、雪たちを置いて飄々と肩をすくめて立ち去ろうとする。
そんな椿に、稲穂が「馬鹿ーっ!」と叫んで飛びかかり、九尾は申し訳なさそうに帝都のほうを仰ぎ見る。文とかまいたちは藜をからかうように取り囲んだ。
今度は、雪と藜が状況に追いつけずに顔を見合わせる。
「……ふ、はは」
藜の口から飛び出した気の抜けた笑声に、雪の涙からははらりと涙が落ちた。
「ふ、ふふ……、もう! もう! もう! どうなることかと思ったんですから!」
「それを言うなら、お前も中々無茶をしてくれる。出会ったときからずっと」
自然な笑みを浮かべる藜が、雪の髪をすくう。
「だが、雪のおかげで、この国は新しく生まれ変われそうだ」
「え……」
「ありがとう」
藜からの礼に、すでにパンパンになっていた雪の胸がはちきれた。
思いが涙となってボロボロとこぼれる。
そんな雪の頭を撫でたのは、稲穂を背負った椿だった。
「そうですね、雪さんには驚かされてばかりでしたから。お返しです」
「椿さんも大馬鹿者です!」
雪が叫べば、椿は穏やかに笑う。
藜はそんな椿の態度にムッと不満を顔に出すと、椿の手を雪から払った。
「ったく、行くぞ」
「きゃっ⁉」
藜に手を引かれ、雪は慌ててついていく。
それを追うように、後ろから椿たちの賑やかな会話が聞こえてくる。
「ねーっ! オレのいいところはぁ⁉ みんなだけずるいーっ!」
「はは、ほら、稲穂さんの活躍はこれからですわ。消火活動とかかっこええやないですか」
「やだーっ! てか、それは九尾の仕事でしょ!」
「わ、わっちは……、た、たしかに……」
「わらわはもう疲れたから帰るぞ」
「キュィ!」
手を引く藜の体温も、後方からの喧騒も、すべてが雪の心をじんわりとあたためる。
いや、もしかしたら、その瞬間、雪たち以外のみんなもそうだったかもしれない。
頭二つ分ほど高い藜の顔は、月に反射してよく見えない。
だが、清々しい笑みをたたえているように思える。
雪は藜から視線をさらにあげ、空に浮かぶ朧月を見上げて感慨にふける。
藜と出会えてよかった。
討伐部隊の面々と、文たちと、九尾と、出会えてよかった。
そんな思いを胸に歩いていると、
「これからも、共に生きてくれ」
ふいに、頭上からそんな声が聞こえた気がした。
「え?」
気のせいだろうか。
月から藜へ視線を移す。
だが、藜は素知らぬ顔で笑っていた。
月光に煌めく笑みは、やはり美しかった。




