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朧月夜の雪花奇譚  作者: 安井優
月の章

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28/43

十一、廃寺にて

 日も昇らぬうちに、(ゆき)(あかざ)とともに馬車へと乗り込んだ。


 稲穂(いなほ)とも、椿(つばき)とも口を聞けぬまま、一週間の別れだ。


 一緒に過ごすのは藜と(ふみ)だけ。そう考えると、文が一緒にいてくれるというのは心強い。雪は胸元に忍ばせた紙に着物の上から軽く触れる。布越しにほんのりとあたたかな文の体温が伝わるような気がした。


 早朝の静かな帝都を抜け、半日近く走る。街を抜け、のどかな田園地帯を行くとすぐ山にさしかかる。


 昼過ぎには、山間(やまあい)に一つの廃寺が現れた。


「ここだ」


 藜に手を引かれ、馬車から降り立つ。


 雪は廃寺を前にぶるりと身を震わせた。


 朽ちた茅葺(かやぶき)屋根は今にも崩れ落ちてきそうだったし、壁の木はボロボロ。ところどころ穴が開いていたり、大きなひっかき傷のようなもので剥がれていたり、と見るからに出そうな雰囲気だ。


 (あやかし)が好みそうな、淀んだ空気が体にまとわりつくようで気持ち悪い。


 雪が立ちすくんでいると、文も似たようなことを感じ取ったか、胸元でカサカサと落ち着きなく揺れた。


 唯一、見慣れている藜だけが気にも止めずに門をくぐって中へ入っていく。


「ここは、怪異討伐特務部隊専用の訓練所だ。見ての通り廃寺でな。本堂の仏さまだけはよそへ移されたらしいが、それ以外のものはそのままにされている。右に見えるのを、宿代わりにする」


 案内を始めた藜に置いていかれぬよう、雪も覚悟を決めて門をくぐる。


 大きな本堂を正面に、右手には寝床や台所、(かわや)などが一通りそろった母屋が、左手には食物や武器などを保管している倉庫があると藜から教わる。


「どうして、こんなところに訓練所を?」


「神や仏のいた場所には、わずかだか力が残るらしい。それを求めて妖が沸くのでな。廃寺で人が寄り付かないのも、力の弱い妖にとってはいいんだろう」


 要するに、妖の餌場だ。


 藜は皮肉交じりに付け加え、だからこそ妖を討伐する練習も、力を制御する練習もできるのだと説明した。


「討伐部隊に配属された者は、最初の三か月をここで過ごす。そうしてみな、妖と己の力に慣れる」


「三か月も……」


 対して雪は一週間だ。討伐部隊に来てからもまだ、そんなには経っていない。


「お前は半妖だからな。人とは元が違う。一週間もあれば充分だろう」


「藜さんも、そうだったのですか?」


「ここへ初めて来たときはな」


「初めて……」


 何度も来たことがあるのか、と尋ねる前に、藜が母屋の前で足を止めた。靴を脱ぎ、足をかけるとミシリと音が響く。


 藜は、長く続く木製の廊下や、縁側の障子から透けた光や、広い畳の座敷を懐かしそうに見つめた。


「だが……、僕は、人になることを選んだ。人の力で妖を討伐するには、僕にも三か月かかった」


 藜は苦々しく呟くと、畳の上に荷物をおろした。


 藜も三か月かかったのか、そう驚くと同時、なぜ妖の力を封印することになったのだろう、と疑問が湧く。


 だが、それを聞くことははばかられた。


 思い出が詰まっているのか、遠い目で部屋のあちらこちらを見つめている藜の顔が泣きそうに見えたから。


 雪は藜にならって座敷へあがり、荷物を端へよせる。


 藜に並んで柱を見れば、そこには人為的につけられたであろう横線が何本もあった。背を測ったときの印だ。


 藜にも、そんな時期があったのか。幼いころの藜は想像できないが、きっと今と変わらず美しい顔の少年だったのだろう。


 馬車に半日揺られていた疲れもあって、二人は自然と息をついた。


 廃寺の雰囲気はおどろおどろしかったが、母屋は意外にも整然としていて落ち着く。人が定期的に寝泊まりするから、手を入れているのかもしれない。


「お前は、怖くないのか?」


「外観を見たときには驚きましたが、ここはそうでも……」


 不意な問いかけに、雪が素直に答えると、藜は呆れたように半眼で雪を流し見た。


「己の力が、だ」


 藜からそんな質問がくるとは思わなかった。


 雪は瞠目し、心の中で意味を咀嚼する。


 己の力とはすなわち、妖の力だ。人を食らい、殺すための力。


「……怖いです」


 怖くないわけがない。それも、自らの髪が白く染まるほどの強い力なのだ。妖を殺せるだけの力も持っている。制御ができなかったら。人を殺してしまったら。そう考えると恐ろしくてたまらない。


 自分が、自分じゃなくなっていくような気さえする。


 でも、だからこそ。


「なおのこと、わたしは、この力を使えるようにならなくちゃいけないんです」


 大切なものを失わないように。


 雪が言うと、藜は静かに目を伏せた。畳の目に爪を立て、弾くようになぞる。子供のような手慰みの仕草が、藜をいつもより幼く見せた。


 雪はどうにもこうした藜の自然な姿に弱い。藜のそうした部分が見えると、なぜか衝動的に震えるように心がさざめいて、もっと藜を知りたいと思ってしまうのだ。


「藜さんは、どうして、ご自身の力を封印されたのですか? 長い訓練までして」


 藜はフッと儚い笑みを浮かべる。


「両親を殺したからだ」


 開いた障子の隙間から冷たい風が吹き込む。身震いするような寒さが、これから降る雨を知らせている。

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― 新着の感想 ―
活動報告で「稲穂自体が久しぶりの登場ですが~」って言っていたけれど、服購入から始まり、資料集めの時やら、戦闘時の藜さんの発言もあり概念的にはちょくちょく登場していたので私の中では昨日ぶり!!くらいのノ…
2025/07/29 13:26 数屋 友則
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