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騎士団本部への出勤は、徒歩だ。
レナートと手を繋いで行っていたけれど、今日はロランとヤンが付き添ってくれた――常にヤンと一緒にいるようにと、昨夜ヨナターンに改めて言われたので、素直に従っている。
「あれ、様子が……?」
帝国海軍が王都入りしたことは、騎士団全体へ通達したと、ロランが言っていた。
騎士団本部は視察に備えて準備をしていたけれど、今はなぜかとても静かで、騎士団員たちも見かけない。
「どうしたんでしょう?」
「なんか変すね」
「……とにかく、団長室に行ってみよう」
「「はい」」
二階の一番奥へ、気が急くせいか、早歩きで向かう。
やはり、すれ違うはずの騎士たちが、いない。静かすぎる。
なんだか異様な感じがする。
「おはようございま……」
団長室の扉を開けると、応接ソファの手前で膝を折って、床に直接座っている騎士の後ろ姿が目に入った。
金色の短髪。背筋は棒が通っているかのように綺麗に伸びている。
「え? あ、ルイスさん?」
「!」
振り返る彼は――いつも整えているのに、無精髭が生えているし、やつれているし、酷い隈もあって辛そうだ。
その彼を仁王立ちで見下ろしていたレナートが、眉間のしわをそのままに、言葉を発する。
「ロラン。ルイスが責任を取りたいと言ってきている」
「なるほど。だから外に誰もいないんだね」
「ああ、そっか……」
納得したのは、はっきり言ってボイドの二番隊は、ほとんど仕事をしていないから。
ルイスの一番隊が、見回りや演習などを主にやってくれている。その隊長が責任を取りに来たのだから、団長の対応がはっきりするまで、皆控えているのだろう。
私はとりあえず、ヤンと並んで自分の机に歩いて行き……きらりと光る剣に気づいた。鞘から抜かれた状態で、床に置いてある。なんだろう? と思って首を傾げたら、
「……それで、首を斬ってくれと言ってきた」
「え!!」
レナートの言葉に、私は文字通り飛び上がった。
するとルイスが膝ごと、こちらに体を向けてがばり! とその身を伏せ、
「誠に申し訳なかった! 言い訳などない! 貴女に危害を加えたこと、その責任を取らせていただきたい!」
叫んだ。
私がレナートやロランの顔を見ると、二人とも頷いてくれたので、ルイスに近づいて、床に両膝を突く。伏しているので、ルイスのつむじに向かって話しかけた。
「あの、私に嘘をついて、武器庫に誘導したことを言っていますか?」
「そうです」
「貴方は、直接危害を加えていませんよ」
「っ、同じ罪です」
「あの……顔を上げてください、ルイスさん」
躊躇いつつも上げてくれたその顔は、涙でぼろぼろだ。
きっと、この人――ずっと苦しんできたんだね。
だって初めは優しく迎え入れてくれたもの。途中から、態度がおかしくなって……
「あっ! もしかしてルイスさん、ボイドから何かされていましたか?」
「「「な!」」」
私の発言で、レナート、ロラン、ヤンが固まった。
「っ」
「私、ずっと変だなって思っていたんです」
ルイスの手を取る。
その手のひらには、剣だこがたくさんできている。
毎日真面目に鍛錬をして、部下の面倒を見て、書類もきっちり整えて出して。
騎士ってこういう人なんだろうな、のお手本みたいな人。
「ルイスさんほど頭の良い人が、名簿のためだからって、わざわざ正直に出身地言わないですよね」
「……」
「あの、『武器庫に行くと言っていたような』て、結構大きな声で言いましたよね。周りの人たちが団長に教えてくれたから、間に合ったんです」
「それは!」
「そもそも、あの発言で私が行くとは限らないです。それに、ロラン様が武器庫みたいな場所を嫌っていること、知ってましたよね」
「!」
「他にも密室にできそうな場所は、ここにはいっぱいあります。でも、あえて武器庫にしたんじゃ? 私が抵抗できるように。そして、ロラン様と武器庫っていう組み合わせの違和感に、誰かが気づくように」
レナートが驚きで目を見開く。
「ルイス、貴様は……わざと……」
「そうか。全部、ギリギリの葛藤だったんだね。辛かったね、ルイス」
ロランがそういうと、ルイスは顔中をくしゃくしゃにして、慟哭した。
ルイスの家は、ボイドの家に生殺与奪を握られていた。商売をするには、領主であるボイドの家の許可がないと立ち行かないのだそう(港の使用権とか)。しかも、言うことを聞かなければ、年頃の妹を凌辱すると脅してきていた!
ルイス自身は賭け事に興味はなく誘いも断っていたから、恐らく実家が狙われたのだと思う、と泣きながら打ち明けてくれた。
「今のルイス隊長のご発言、しっかり聞きましたんで」
ヤンが神妙な顔で言う。
「帝国にも、正式に報告します」
今度はルイスが驚愕で、息を止めた。
「ヤン!?」
「すみません隊長。自分実は、ブルザーク帝国の、陸軍曹長でして」
「そ、だったのか……はは、どうりで腕が立つ……そうか……残念だな……」
「へへ」
レナートも、床に片膝をついてルイスに寄り添った。
「ルイス。貴様は直接手を下していない。だからこの件は、キーラに託したいと思う。それならどうだ?」
「……はい、異存ございません。どのような罰も、お受け致します」
ぎゅ、とルイスが目をつぶり、首を垂れる。
「え? 私が決めるんですか!? じゃあえっと……」




