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「ルイス隊長。珍しいですね」
ヤンがにこにこと声を掛けると
「元気そうだな」
と返ってきた。
第一印象は爽やかな感じだったのに、なんだかその言葉には棘があるような気がして、私はそっと息を吐く。レナートいわくは、ヤンに目をかけていたのにレナートに強引に取られた、と言うことらしい。
ルイスは『副団長派』らしいので、そうもなるだろう、と皆で納得はしている。
「ルイス様も、お茶いかがですか?」
一応声を掛けてはみるものの、
「結構。ではロラン様、失礼いたします」
とつれない態度だ。
ルイスが去った後も、ロランは憂鬱な表情を変えない。
「どうかしたのですか?」
ヤンが聞くと、言いづらそうに
「王女がキーラに興味を持った。視察の後の舞踏会に招きたい、だと」
「へ!? 私ですか?」
「僕が連れてきて、レナートが囲っていると、誰かが耳に入れたらしい」
「そ、んなあ」
ともあれ、お茶を淹れて差し上げなければ、と机に運ぼうとすると
「そっちで」
と濁された。机の上に、見てはいけない書類があるのだろう。即座に方向転換。
「はあ。あと十日しかないんだぞ」
言いながら、ロランはソファにゆっくりと腰掛ける。
「キーラ。しばらく事務官の仕事は休んでもらう」
「へ」
「貴族的な振る舞いを覚えてもらわなければならない。あと、ダンスも」
「は!?」
「ヤン、レナートに」
「あー、伝えますよ」
完全に嫌がらせだな……とロランは盛大な溜息をついた。
私も当然のことながら、ものすごく憂鬱な気分になる。十日で覚えられるわけがないから。
「無理ですよ!」
「できるだけでいい。化けの皮、かぶるんでしょ?」
「……ううう」
「あーとそのー、がんばれ?」
「ヤンさん、ひとごとだと思って!」
「いやいや! 俺だってキーラの代わりに事務仕事やるの、嫌だってば!」
むう!
「あとドレスも。十日しかないから、出来上がっているものを直す程度で手配する」
「はい!? 私、事務官ですよ!?」
「僕だってそう言ったよ! くそ!」
ぶちぎれロランが、そう叫んで。
――ヤンと私は、あきらめた。
◇ ◇ ◇
メレランド王国第一王女ことアネット。
輝く金色の髪をふわふわとなびかせて、騎士団本部を我が物顔で歩くそのお目当ては、もちろん副団長のロラン・ビゼー。
彼の銀色のつややかな長い髪と、翠がかった碧眼、美麗な顔立ちは、アネットの『理想そのもの』だ。
副団長、というのも良い。あの見目の良さで、強い。
声も良い。低すぎず、高すぎず。
手も綺麗。流れるような所作。あの手で髪や頬を撫でられたい。
足早に廊下を歩き、説明も何も聞かないものだから、
「アネット様、視察は」
と王宮の役人が追いかけながら、問いかける。
「こんなむさ苦しいところ、興味あるわけないでしょ! 用があるのは、ロランにだけよ」
護衛や役人たちが全員呆れた顔をしているのも、目には入らない。
どこ? どこにいるの? 早く会いたい。私の旦那様!
◇ ◇ ◇
「あれが……」
「そうだ」
レナートの隣にかしこまって立つ私は、思わずちろりとレナートを見上げてしまった。その眉間にはいつものように深く刻まれたしわ。
「キーラ。ちょっと出てる」
ヤンが、背後で囁く。
――あいつやべえ、ていう態度でしょ。分かってる。
「ん。がんばる」
私も、一生懸命に笑顔を保つ。
あれ一人でソフィ何人分のワガママだろ? なんて考えちゃだめ。
王女様だから。違った、殿下、だっけ。
ロランがあんなにあからさまに嫌な顔して挨拶しているのに、分からないって凄いなって思う。
――うわ、こっち来た!
「ごきげんよう」
「拝謁の栄誉を賜り、恐縮です殿下」
レナートが騎士礼で迎えるのに合わせて、ヤンが騎士礼し、私は深く頭を下げる。私は騎士ではないから騎士礼はしないし、貴族でもないならカーテシーはしない。
「ふん。相変わらず怖い顔ね」
「……申し訳ございません」
「その子?」
「は。専属事務官のキーラです」
「ふうん。ロランが連れて来たって?」
「左様です」
私は、許しがないのでずっと頭を下げたままだ。
――許さずに無視して会話を続けるその悪意に、こそりと呆れる。器の小ささは、王族として見せつけるものではない、と思ったから。
「舞踏会が楽しみだわ」
言い捨てて、結局頭を上げさせず、去って行った。
「……ヤン、殺気を出すな」
「わざとっすよ」
「分かっている。我慢しろ」
「はい。自分もまだまだ未熟っすね」
――いや、ヤン悪くない。
「んねえロラン〜! 美味しいお菓子を用意してあるのよ〜! 王宮のガーデンで一緒に食べたいの〜」
騎士団の視察に来といて、あれはない。
私、団員たちの顔、まともに見れないよ。みんな張り切って演習の準備したり、手持ちの武器を新調したりしてたよ。ヤンも私も、決裁とか手配とか頑張ったし。
そういうのに気づかないって……
「私、あとでみんなのこと労いたいなあ」
思わず漏れた独り言に
「キーラ……それは良い考えだな」
レナートが頷いてくれたから、嬉しかった。
「さ、あとは舞踏会だ」
――それが一番憂鬱なんですけどお!
お読み頂き、ありがとうございました!
もう少しで溺愛が始まりますので、どうぞお楽しみに!




