「『美味さ』に価値を認めない料理決闘」
翌々日が、俺とマシューの決闘の日になった。
午前の授業を終えコックコートに着替えた俺が厨房へ入ると、凄まじい歓声が上がった。
食堂と厨房の間を仕切るカウンターには子供たちが鈴なりに並び、大きく口を開けて声援を送ってくれている。
その中にはセラを始めとした『元』料理番の顔もある。
「ジロー! 頑張れー!」
「……っ! ……っ!」
セラが手をバタバタ上下させて声援を送り。
隣のティアがぼそぼそと何か声援のような言葉をつぶやいている(周りの声にかき消されて聞こえないが)。
「おう! 負けんじゃねえぞ!」
「…………」
マックスが拳を突き上げ叫ぶ隣では、オスカーが燃えるような目で俺をにらみつけている(負けたら殺すぞ的な意味だろうが)。
「なかなか気合いの入る応援だこと」
四者四様の応援を背に受けた俺は、ふっと肩を竦めた。
あいつらを料理番として復帰させるためにも。
俺の料理を心待ちにする子供たちのためにも。
「……こりゃあますます、負けるわけにはいかねえな」
ぼそりと気合いを込めてつぶやいていると……。
「公平を期すため、調理補助の類は一切認めない。いいな?」
調理台の前に立ったマシューがダメを押すように言い放った。
「へいへい、わーってるよ」
眼光鋭くにらみつけてくるマシューにひらひらと手を振ると、俺もまた調理台の前に立った。
まっさらな調理台の上には使い慣れた調理器具が並び、包丁の刃がキラリと光を跳ね返している。
ここ数週間使っていなかったそれらを眺め、束の間懐かしい気持ちに浸っていると……。
「同じく公平を期すため、判定員には生徒を含めず、指導教官以上の役職の者より三名を選ぶものとする。いいな?」
「わかってるっつーに。しつけえよ」
さっきからマシューがくどいほどに釘を刺してくるのはこういうことだ。
一、同じ数の調理補助をつければ熟練度の差(セラたちを使えるから)と士気の差(子供たちの多くは俺が料理番に復帰することを望んでいるから)で俺に有利であるという。
二、判定員に子供を入れないのもまた同様の理由で、不正投票を避けるためだという。
「んな面倒なことしなくても、俺は普通におまえに勝つっつーの」
「……言っておくが、勝利条件は『美味さ』だけではないからな?」
『料理』決闘であるにもかかわらず、『美味さ』に価値を認めない。
それはここが神学院であり、神に仕える者たちの学び舎だからだ。
子供たちの多くは卒業後に元の修道院に戻り、質素と清貧を友として生きて行く。
当然ながらぜいたく品など使えない。
ここで口にした多くの料理を、つまりは二度と味わうことが出来ない。
砂糖や小麦粉、スパイス類で舌を肥えさせた今の子供たちの様子は非常に危険である。
そんな風に、マシューは懸念する。
「……」
それ自体は理解できる。
それどころか、もっともな話だとすら俺は思う。
ぜいたくに慣らされた子供たちが古巣に戻った時に味わう違和感、喪失感。
王子/王女が市民の生活に馴染めないようにそれはきっと、想像よりも激しい衝撃を彼ら/彼女らにもたらすだろう。
結果として、神への信仰心を失う子供すらいるかもしれない。
だが――
だからこそ俺は――
「マシュー・テル・ミュウ! ジロー・フルタ! 互いに準備はいいかい!?」
俺が物思いにふける中、司会進行役のエレナさんが鋭い声を発した。
指導教官のトップにして『超』がつくほどのうるさ型の彼女は、サッと手を挙げると、力強く振り下ろした。
「『料理決闘』始め!」
『美味さ』に価値を認めない前代未聞の料理対決の火蓋は、こうして切って落とされた――
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